第1回 自動車産業は「技術革新」と「総合的アプローチ」がカギ〈後編〉

日本自動車工業会 環境委員会温暖化対策検討会主査/日産自動車グローバル技術渉外部 担当部長 圓山 博嗣氏


国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授

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第1回 自動車産業は「技術革新」と「総合的アプローチ」がカギ〈前編〉

国内外の低炭素対策のグッドプラクティス

――国内外の低炭素対策のグッドプラクティスは?

圓山 博嗣氏(以下敬称略):国内では日本の運輸部門のCO2は2000年頃をピークに順調に減ってきています。その間、交通量や輸送量、乗用車の走行距離等はあまり変わってないので、間違いなく効率が上がり、CO2排出が下がっている状況だと思います。

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圓山 博嗣(まるやま・ひろつぐ)氏

1979年 早稲田大学機械工学学士課程修了。
同年、日産自動車株式会社入社。
1993年 エンジン実験課 課長、
1995年 日産リサーチ&デベロップメント会社 出向管理職、
1999年 日産工機株式会社 出向管理職、
2001年 日産自動車パワートレイン実験部 主管、
2005年 パワートレイン実験部 部長、
2008年 パワートレイン品質監査室 室長、
2009年 環境・安全技術渉外部 担当部長。
2015年4月 グローバル技術渉外部(改称) 担当部長。

 自動車の単体燃費は向上しています。また、貨物車も実は大型のトラックはほとんど100%に近くエコドライブをやられています。運送会社の社長さんはエコドライブで燃料代を節約したいわけです。社長自らトップダウンでドライバーに指示を出し、貨物のエコドライブは非常に進展しています。

 貨物車は輸送効率の向上にも取り組んでいます。ひとつは「自営転換」です。従来のすべての会社が自前で小さいトラックを持って個別に配送する時代は過去のものになっています。専門の輸送業者に業務を委託し、専門会社はいろいろな会社からの荷物をひとつの大きなカーゴにまとめて配達するのです。そうすると効率が良くなるわけですね。

 その他「共同配送」と言って、大きい輸送会社の間でネットワークを組んで荷物を融通し合い、なるべく行きも帰りも荷物がたくさん積む取り組みも行っています。各企業がセクターを超えた連携(主体間の連携)を通し、サービスの低炭素化をビジネスベースで推進しています。主体間連携の効果もあって、運輸部門のエネルギー消費は、21世紀に入って目覚しい勢いて減少しています。

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出典:日本自動車工業会

――成長著しいアジア諸国での低炭素対策のグッドプラクティスは?

圓山:海外においては、低炭素な内燃機関が重要ですが、特に新興国に向けては、交通流改善、エコドライブという統合的アプローチによる対策に即効性があるので、これからモータリゼーションが盛んになっていく中で、もう今から着手しましょうとアピールしています。

 AMEICC(ASEAN Economic Ministers and METI Economic and Industrial Cooperation Committee)という、日本の経済産業省とASEAN(東南アジア諸国連合)の経済省の大臣会合の中の自動車ワーキングが年に1回開催されています。昨年8月に我々日本自動車工業会(以下、自工会)の会長がプレゼンして環境対策もしっかりやっていきましょうと訴えました。

 私自身、COP15から自工会としての温暖化対策活動に取り組んできましたが、ASEANでの活動がなかなか進まず試行錯誤の状態でした。去年AMEICCの会合で、環境問題がテーマになりましたので、日本のグッドプラクティスをASEANの中でも活用したらどうかと提案しました。我々はそれに対して技術供与も知識移転も惜しみませんと話しました。

 ASEANでもタイとインドネシアはモータリゼーションがかなり進んでいます。両国はCOP21でも温室効果ガス排出削減目標の設定を行い、運輸部門でどれくらいやらなければならないか検討を進めています。その中で、我々が成功した「統合的アプローチ」の要素を入れていきましょうと議論しているところです。

技術革新が「環境」と「経済」の両立のカギ

――「環境」と「経済」を両立していく上で重要なことは何ですか?

圓山:一番重要なことは「技術革新」です。技術革新があって初めて次世代自動車のコストも下げられ、性能が上がります。広く普及できる「コスト」と「性能」を追求していくことが重要です。よりコストパフォーマンスの高い車ができれば、当然売れて経済の発展にもつながります。自動車と経済は切っても切り離せず、車の移動量はGDP(国内総生産)と比例関係になっています。今後いろいろな国が経済成長していく中で、より良い製品で成長していただくのが、世界全体にとっても良いわけです。

 製造時の排出削減については、さらなる省エネ対策とBAT(ベスト・アベイラブル・テクノロジー)の導入を進めていきます。大幅なCO2排出削減を行わなければ将来的に気候変動によって起こるリスクが甚大な経済損失をもたらすことでしょう。そうした観点からも低炭素な製造の推進が、最終的にグローバル経済に寄与すると思っています。

――次世代自動車は先進国でのニーズは高いと思いますが、アジア市場や南米、中東やアフリカなどの市場に対しての戦略は?

圓山:次世代自動車は非常に高価です。新興国のGDPを考えると、平均購買力からそんな高いものは買えないでしょう。みなさん新車を買わず中古車を乗り継ぐことになり、排出削減に対して何も実効性が上がらないことになります。GDPの購買力と規制レベルは、ある適正な関係があると考えています。

 新興国に適した低炭素車・技術が必要で、内燃機関を中心とした技術になります。各社がそれぞれの国に、アフォーダブルでより燃費の良い技術を適用しています。自動車メーカーとしては全方位で、すべての技術に対して技術開発が必要です。先進国はトップランナーで次世代自動車を中心に、新興国は内燃機関を中心に安いけれどもエコな車が求められます。「交通流対策」と「エコドライブ」は全世界共通で展開できる取り組みですので、政策的にも導入してもらいたいと思います。

政府への要望と意見

――業界としての政府への要望は?

圓山:革新的技術の普及に対するインセンティブ政策をお願いしています。技術革新のための研究開発投資は莫大ですので、研究開発投資に対して環境整備や協調できるところを政府に主導して頂き、ファイナンス的なサポートをお願いしたい。また、革新的技術の製品は黎明期では大変高価なので、購入補助金と税制優遇等もお願いしたい。

 「低酸素社会実行計画」あるいは日本の「地球温暖化対策計画」は、規制的手法は取っていません。自動車の「燃費規制」はありますが、「CO2規制」はありません。自主的な活動を中心に柔軟性のある状態での取り組みがなされているわけです。「排出量取引制度」のような規制的な手法は反対したいと思います。理由は、研究開発や低炭素な製造活動に対して、非常に大きな阻害要因になっていく可能性があるからです。

 自動車は少なくとも単体の燃費規制があり、それで十分だと思います。排出量取引制度ではセクター間で取引を最終的にしていくことになり、セクター間での公平なキャップは不可能だと思うからです。自動車業界がこれだけ汗かきます、鉄鋼産業はこれだけ汗かきます、この汗のかきかたはみんな一緒ですというのは、なかなか設定しづらい。皆が公平に汗をかくなら可能ですが、これができない限りはこの制度は難しいでしょう。

――最後にメッセージをお願いします。

圓山:日本、そして世界的にも自動車業界が温暖化対策をリードしていくことが期待されていることに、我々も責任を感じています。業界として、日本として攻めるべきところを議論しながら、日本全体を支えていきたいと思います。

【インタビュー後記】

 圓山氏のお話から、「技術革新」と「総合的アプローチ」により、自動車業界が日本、そして世界の市場で温室効果ガス排出の大幅削減に貢献していくという明確なビジョンがうかがえました。今後の新たな動きとして、自動運転などの最新技術を導入した「交通流対策」により高速道度の渋滞を減らすことも実現可能性が高いとお話いただきました。自動車をめぐる社会システムの整備が、私が思っていた以上に進化していることにも驚きました。私たちユーザー側も「次世代自動車」や「エコドライブ」が温暖化対策に効果があることをもっと意識して車を利用していきたいですね。

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