トランプ共和党候補のエネルギー・環境政策
前田 一郎
環境政策アナリスト
(「一般社団法人 日本原子力産業協会」からの転載:2016年6月1日付)
「メキシコとの間に壁を作ってその費用をメキシコに負担させろ」「イスラム人を入国させるな。米国から追いだせ」などの過激な言動で知られるドナルド・トランプ氏が、米国大統領選挙の共和党の候補となることがほぼ確定した。共和党はそれまで伝統的な「商工会議所共和党」と言われるエスタブリシュメントに対してティーパーティーと呼ばれる反主流派が下院の実権を握ったところであったが、そこに第三の勢力であるトランプ氏が勢力を伸張させ、共和党支持者の中で最大の支持を得るに至った。いわゆる商工会議所的共和党(伝統的なリバタリアン派とも同じ)をベースにしたジェフ・ブッシュ候補は予備選半ばに離脱、旧主流派を代表したケーシック候補も最近離脱、ティーパーティーの支持を得たテッド・クルーズもとうとう離脱を余儀なくされた。
トランプ氏はどちらの陣営にも属していなかった。どころかかつては登録された民主党支持者であった。そしてクリントン家族とも親交を結んでいた。共和党候補としてトランプ氏は社会保障を維持すると言い、ティーパーティーとは一線を画し、米国の国益を第一に置き、保護貿易を擁護する発言をし、グローバルな市場の中で自由貿易に依拠する商工会議所的共和党とも大きく立場を異にしている。伝統的に共和党は民主党と異なり、市場を拡大させ、東側陣営をも取り込むことでグローバルな市場で米国主導の秩序を確立し、米国企業の国際化を図ってきたが、そこに日本が挑戦してきて貿易紛争になったのは1980年代から1990年代前半であった。その後ブッシュ(子)大統領時代に、中国製品の急拡大を受けて中国との貿易不均衡という新しい課題を得たが、その時はまだ加工度も低く最終的には廉価な「必要悪」として受け入れることにした。しかし、それも今は付加価値があり、かつ自らのブランドを持ち、中国が米国に進出してきたことをトランプ候補は明確に問題とした。つまり、米国が主導してつくった「グローバル市場」の中で米国が犠牲になりつつある、そういうキッチンテーブルの議論を公然の下することに成功したと言える。彼は「グローバル」が嫌いである。「アメリカファースト」の一点で国民に支持を訴えてきている。
今、民主党はクリントン候補とサンダース候補が、クリントン候補に大勢が決着しそうな中で依然候補者争いを続けている。これが長引けば長引くほどに結果してトランプ候補に有利になるであろうと現地では見られている。
トランプ候補においてはエネルギー政策はまだ輪郭もできていないが、これから数ヶ月を要して公約が作り上げられていくものと思われる。いまだ明らかにならないトランプ候補の向いている先をこれまでの言動から探ってみる。
エネルギーアドバイザーの指名
エネルギーは候補間の大きな相違もなく共和党予備選ではあまり争点にはならなかった。候補者全員がオバマ大統領のエネルギー・環境政策を批判しており、他候補と異なる公約を作る必要がなかったからだ。しかしながら最近になってトランプ氏が共和党候補に絞られたために彼の主張にワシントンの関心が集まっている。
注目すべきは5月中旬にケビン・クレーマー下院議員(共和党:ノースダコタ州)がトランプ候補のエネルギーアドバイザーとなったことである。クレーマー議員は今後各集会においてエネルギー・環境政策についてスピーチ原稿を執筆することになろう。
クレーマー議員は当初ベン・カーソン候補を支持していたが、カーソン議員が撤退しトランプ候補支持に回ったとき、同様に4月19日のニューヨーク州予備選前にトランプ候補支持を表明。7月共和党大会(オハイオ州クリーブランド)ではノースダコタ州代議員は予備選の結果に拘束されていないため、クレーマー議員は同州唯一の共和党下院議員である立場から同州代議員に対してトランプ候補に投票するように強く促している。クレーマー議員は1908年代央からノースダコタ州政治に関与しており、州の公益事業委員会委員を務めていた。現在、下院のエネルギー商業委員会委員である。
クレーマー議員の立ち位置のポイントは、第一に国内石油ガス産業の強力な支持者であること、長くOPECの批判を繰り返してきて、OPECの不当貿易取引を捜査するべきであるとの論陣を張ってきていること、環境規制が重荷になっていることを批判するとともに温暖化懐疑論者であること、である。クレーマー議員はトランプ候補同様米国の国益および経済的利益がなににも増して優先されるべきであるという立場に立ってエネルギーセクターを支援する主張をしている。環境は支援の対象ではない。自由市場主義者であるクレーマー議員は環境規制を含め、政府の規制が効率的な市場を歪めるとし、環境関連法・規制に基づき環境グループが行き過ぎた提訴をすることを批判している。この点はトランプ候補のための公約つくりに強く反映されると見られ、注目を要する。
石油・天然ガス政策
トランプ候補はまだあまり具体的な石油・ガス政策を述べてはいないが、石油・ガス開発の一層の推進を強く支援することは間違いない。彼は石油を米国産業の原動力であると形容し、石油・ガスの輸出にも前向きな発言をしているからだ。より具体的にはクレーマー議員の言動をみてみよう。同議員は軍関係者、民間関係者らが設立した「アメリカの将来のエネルギー確保」(SAFE)グループが催した5月19日の会合で発言、米国の輸入石油への依存低減に焦点を合わせて、以下のとおり提言した。
- ・
- 大陸棚開発による生産の収入を原資とし「エネルギーセキュリティー信託ファンド」を創設し、輸送および燃料多様化研究開発に資金提供をすること。
- ・
- 延長掘削の使用および厳しい地表占有規制を課しながら北極野生生物国家保護区(ANWR)の限定的開発を行うなど北極圏におけるエネルギー生産を責任をもってサポートすること。
- ・
- 専門家による委員会を設置し、OPEC、その加盟国、関係国営石油会社による反競争的貿易慣行を捜査、米国経済への影響を評価し、政策提言を行うこと。この点でクレーマー議員はエネルギー商業委員会および外交委員会を舞台に他議員と立法化を進めている。立法化を進める議員たちの主たる懸念はOPECの価格形成への影響に関して現在の原油価格崩壊が米国の石油産業を経営破綻そして雇用不安の危機にさらしているところにある。
- ・
- 産油国間で責任の共有および協調行動の重要性に関して国際的コンセンサスを形成、将来の石油供給途絶に対処すること。
- ・
- 米国政府の外交力を活用し、水圧破砕技術を活用し世界の石油・ガス開発を訴えること。
ワシントン関係者はトランプ候補とクレーマー議員の政策的共通性を精査して上記の発言がトランプ候補の公約の中にどの程度まで取り入れられていくか分析を行っているところである。とはいえ、トランプ候補が石油・ガス産業に対して強い支援を行い、今後石油・ガスに関してより明らかなエネルギー政策を繰り出すことは広く想定されているところである。
環境政策
トランプ候補はより強く米国のエネルギー供給を進めるために環境規制は緩和させる必要があることを述べている。特に彼は環境保護庁(EPA)に対して強い敵愾心を持っており、気候変動問題も国民を「いっぱいかつぐ」ものであると断言している。5月18日、トランプ候補は昨年12月に合意されたパリ協定に対する反対を改めて強調した。トランプ候補は「わたしはパリ協定をとてもとても深刻に見ており、最小限でも再交渉をするつもりだ。最大では異なる合意をしたい」と述べ、「トランプ政権」が国際的取り組みにおいてオバマ政権以上に米国の利益のためより強力なそしてより攻撃的な交渉者となることができるとしている。トランプ候補はこれまで米国の交渉が失敗を繰り返してきたと主張し、ビジネスマンである自分ならもっと上手に交渉ができると常に国民に訴えている。中国は地球環境交渉を自らの経済的利益のために利用しているとして、「(わたしは気候変動協定の)強い支持者ではない。なぜならば他国は協定を遵守しようとしないし、中国も遵守しない。中国は大気に排出し続けている」と述べている。
クレーマー議員はまたオバマ政権が議会によらずCO2排出抑制をするために導入し、控訴裁大法廷で審議されることが決まったばかりのクリーンパワープランについても破棄すべきことを訴えている。クレーマー議員はトランプ候補に対して重荷となっている環境規制の破棄を大統領就任した後の100日間の優先課題とすることを提案している。
炭素税に関してはトランプ候補はクリーンパワープランとともに明確に否定をしている。この点クレーマー議員はクリーンパワープランに対する代替として小規模の炭素税を容認していることを報じた議会関係の雑誌(TheHill)の記事に対して、5月13日、「わたしの炭素税に関する立場についての記事は完全に間違えている。わたしは炭素税を支持しないし、是認しない」と述べている。
原子力・再生可能エネルギー政策
原子力についてはトランプ候補は福島第一原子力発電所事故の直後に原子力を支持するステートメントを発表している。2011年のフォックスニュースでも「原子力はわれわれが得なければいけないものを得る方法だ。それはエネルギーだ」「わたしは原子力を支持する。とても強く原子力を支持する」「もし飛行機が落ちても人は飛行機に乗り続ける。もし自動車事故にあっても人は車に乗り続ける」と述べ、まだまだ一般論であるが、原子力支持を表明している。現在の選挙キャンペーン中ではまだこれ以上のコメントはないが、この原子力を支持する姿勢には変わりはないと見られている。
再生可能エネルギーについては立場ははっきりしていない。昨年11月には非公式に風力のエネルギー生産税控除(再生可能エネルギー支援策)には支持をする考えを示したものの、一方で「(風力)は大変高い」し、「(風力は)たくさんの鳥を殺している」と述べている。また、自らのホテルに隣接して風力の開発が検討されているとき、トランプ候補は風力タービンを「みにくい」「うるさい」と否定的な発言をしている。再生可能エネルギー一般について聞かれ、石油輸入の削減の必要をコメントすることがあるが、ただし、石油は電源としてはごく少なく再生可能エネルギーとの関連性はないのでこのコメントの政策的意味は不明だ。
以上のとおりトランプ候補のエネルギー環境政策は今はまだ練れていないが、エネルギーアドバイザーを得て7月の共和党大会に向けて具体化し、公約化していくものとみられるので今後の展開を注視したい。