燃料電池でCO2の分離回収
山藤 泰
YSエネルギー・リサーチ 代表
この5月の初め頃、米国のコネチカット州にあるFuelCell Energy社からのプレスレリースを受け取った。同社は溶融炭酸塩電解質燃料電池(MCFC)の商品化に世界で唯一成功している企業で、現在メガワットクラスのユニットを製作・販売し、DOE(米国エネルギー省)の支援の下ではあるが、米国各地に設置を進めるほか、アジアの拠点として韓国のPosco Energy社と提携している。その発表内容は、Exxon Mobil社と共同で、天然ガス発電の排ガスからMCFCを使ってCO2を分離回収するシステムを開発することになったというものだ。石油や天然ガスを主力商品としているExxon Mobil社にとっては、火力発電用燃料供給という事業拡大の基盤を固めるために必要な技術開発だと言える。この1~2年で基礎技術を確認し、その後実証プラントでテストする計画のようだ。
火力発電の燃料には石炭、石油、天然ガスといった化石燃料が使用されるが、この発電プロセスからの排ガス中には、地球温暖化の要因とされるCO2が大量に含まれている。このCO2を何らかのプロセスによって分離回収し貯留すること(Carbon Capture & Sequestration)によって、大気中のCO2濃度の上昇を抑制する技術の開発が急がれている。いま世界各地でこの技術の実用化に向けた実証試験、あるいは小規模商業化設備の運転が行われている段階だが、大きな課題は、CO2回収設備のコストが追加されることに加えて、その回収プロセスを駆動するのに必要なエネルギーの消費が大きいことだ。この2つのバリアを同時に解決するプロセスとして、高温で作動する溶融炭酸塩電解質燃料電池(MCFC)の発電過程に火力発電からの排ガスを投入し、発電しながらCO2を濃縮することが可能であることは以前から着目されており、日本でも10年以上も前から実証試験が行われてきたが、MCFCの技術開発自体が難しかったようで、進展が見られなかった。
燃料電池の発電原理は、水素を燃料として電解質に投入し、空気中の酸素と結合させることで直流の電気と水が生成されるという説明がなされることが多い。しかし、摂氏650度ほどの高温で作動するMCFCは、水素だけでなく一酸化炭素(CO)も燃料となる。これは、同じく高温作動の固体酸化物電解質燃料電池(SOFC)でも同じだ。天然ガスを燃料とする場合には、主成分であるメタンがMCFCで使われる電解質の触媒作用によって水素とCOに分解され、この両者が空気中の酸素と電解質での電気化学プロセスで結合し、水とCO2になる過程で発電する。さらに、MCFCではCO2も電気化学反応で利用され、電解質を通って発電過程に加わったのち通り抜けて排出されるため、MCFCがフィルターのような機能を発揮してCO2は濃縮される。さらに、このプレスレリースによると、火力発電から出る高温燃焼した後の排ガスに大量に含まれている大気汚染物質のNOXもMCFCの燃料極を通るときに70%は分解されるということだ。二つのメリットを同時に出せることになる。
火力発電所の排ガスは、MCFCの燃料極に直接投入される。排ガス中のCO2は、電解質中で発電プロセスに加わった後、反対側の空気極に集められ濃縮されて排出される。排出されたところには発電過程で発生したCO2と水蒸気があるだけだから、その混合ガスを冷却して水を除去すればCO2が残る。これを低温で固体化する(ドライアイス)など、何らかの方式で抽出分離する技術は開発されている。抽出されたCO2をどのようにして安全に貯留するかについてはまだ議論の段階にあるはずだ。このプレス発表の共同開発が成功すれば、火力発電設備とMCFCを組み合わせることによって、全体の発電容量の増大とCO2の分離回収を同時に実現することができ、加えてNOXの分解もできるというシステムになる。いま開発が進められている石炭ガス化コンバインドサイクル発電が実用化されれば、このMCFCによるCO2回収が大きな促進効果を発揮すると期待される。
1970年代後半から数年間、燃料電池技術を日本に導入するプロジェクトに関わり、FuelCell Energyの前身となる事業を創設しようとしていたエンジニアも友人だった筆者としては、この方式が実用化に成功することを大いに期待している。