オバマ政権クリーンパワープランはどう動くか

── パリ協定後の石炭火力発電


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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「環境管理」からの転載:2016年4月号)

はじめに

 民間のオブザーバーとしてCOPに参加している筆者は、その機会を捉えて国内外の研究者や産業界の生の声を直接聞くことを重視している。産業界の動向は各国の温暖化対策を左右する重みを持っている一方で、論文等でうかがい知ることができないからだ。直接多くの国の産業界関係者の声を拾うことができるCOPの機会は貴重である。
 今回特に印象に残ったのは、インド工業連盟(CII)との意見交換である。2022 年までに太陽光発電の設備容量を100GW(大中型60MW、ルーフトップ40GW)、風力発電など他の再エネ電源の容量を75GWに拡大することを目標としている。ただ再生可能エネルギー導入にも意欲をみせる一方で、石炭火力発電の拡大も見込まれている。CIIとの意見交換の機会にそのバランスについて聞いてみたところ、オバマ大統領の気候変動行動計画に端を発した石炭火力発電に対する先進国の金融支援引上げに対する反発を猛然と述べ始めた。「先進工業国で石炭を全く利用していない国はあるのか」、「石炭を『使うな』というのはおかしい。あまりに勝手である。『効率的に使え』というべきだ」という意見に続き、「我々は他の途上国に対して責任を負っている。インドが発展して大きな市場となることで、後進国の発展を支えることができる。我々は今後も石炭を利用して発展する権利と責任がある」と断言したのだ。日本ではほとんど報道されることはないが、多くの新興国、発展途上国の「本音」であろう。

インドCIIの方たちとの意見交換(2015年12月10日 COP21会場にて撮影筆者)

インドCIIの方たちとの意見交換(2015年12月10日 COP21会場にて撮影筆者)

 世界の石炭需要は増加の一途を辿っており、今後も増加を続けると見込まれる。石炭は多くの途上国の成長になくてはならない「安価で安定した電力供給」を可能にしてくれる有効な資源だからだ。特にアジア地域での1990 年以降の石炭火力発電需要の伸びは目覚ましく、国際エネルギー機関(IEA)によれば、近年の中国の経済成長の減速をインドおよび東南アジア諸国の成長が補う形で、今後も石炭需要増加の傾向は続く。
 これらの地域では、今後多くの石炭火力発電所が新規に建設される。2040 年までに廃止される石炭火力発電所の合計設備容量に対して、新設される同容量は、中国では約5倍、インドでは約8倍、東南アジアでは実に約30倍に達するとIEAは見込んでいる 。「石炭はCO2を大量に排出するから石炭火力発電所は建設すべきでない」というなら、これらの国々において安価で安定した電力供給を可能にし経済成長する代替手段を提示すべきであるというCIIの方の意見ももっともであろう。
 現実的に世界のCO2排出を削減させるためには、この新規に建設される大量の石炭火力発電設備に高効率の設備がどれだけ導入されるか、ということが重要なのだ。

図1 石炭火力の地域別 新設および廃止の動向

図1 石炭火力の地域別 新設および廃止の動向

1.オバマ クリーンパワープランの動向

 米国は歴史的に長く電力に占める石炭のシェアが5割以上を占める「石炭依存国」であった。しかし、2000年代後期のシェールガス革命により、米国の天然ガス価格は世界の市場価格を大きく下回るレベルに下がり、ガス発電の経済性が大きく改善したことで、2009年以降は石炭のシェアは減ってきている(EIAが3月16日に発表した報告では、2016 年は米国の電源の33%を天然ガスが占め、石炭の32%を上回り首位になると予測されている注1))。
 このシェールガス革命の恩恵に乗じて、気候変動との戦いを重要政策課題に掲げるオバマ大統領は、2013年6 月、世界に向けて「気候変動行動計画」を発表した。この計画は、「国内のCO2排出削減」、「気候変動影響への適応」、「気候変動対策の国際的取組みにおけるリーダーシップ 」という3本柱からなる複合的な政策である。
 第一の柱「国内のCO2排出削減」の具体策として、オバマ政権は石炭火力発電所の新設を封じ、既設の石炭火力発電所については二酸化炭素回収・貯留技術(CCS)なしには達成不可能なレベルの排出係数基準( 0. 592kg-CO2/kWh)を課す「クリーンパワープラン( 以下、CPP)」の案注2)を2014年6月に発表した。これは法律改正を行わず既存の大気浄化法の下で、米国環境庁( EPA)の裁量により実施されるCO2 排出規制であり、米国が国連に提出した2025 年の削減目標における対策の主柱となっている。このCPPは2015年10月に官報掲載をもって正式に発布され注3)、直ちに24州(2015年11 月7 日までに訴訟に加わる州が増え、最終的には27州)の連合や米国鉱業協会等から20件の申し立てが行われ、CPPの施行は違法であると訴訟を起こしたが、原告が勝訴するまでは発布された規制は有効であるため、CPPは予定通り実施されると思われていた。

注1)
http://www.eia.gov/todayinenergy/detail.cfm?id=25392
注2)
正確には新設の石炭火力の規制はNSPSによるが、ここではオバマ大統領による新設、既設の石炭火力への新たな規制を総称してCPPと記載している
注3)
https://www.gpo.gov/fdsys/pkg/FR-2015-10-23/pdf/2015-22848.pdf