原子力災害における発展的復興(その3)
減災による健康な街づくり
越智 小枝
相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師
(2)薬難民対策と遠隔医療の発展
先の災害時には、お薬手帳や持参薬をなくし、医療支援チームの方々に自分が何を内服していたのかを説明できない、と言う患者さんがたくさんいらっしゃいました。
もちろん一番の対策は、各々の患者さんがご自身のお薬をしっかり持って避難されることです。しかし地震や津波、火事といった緊急事態には、必ずしも全員がその原則を守ることはできません。そのようなときに備えて、もしも各々の患者さんのお薬情報、薬のアレルギー情報、治療歴の情報などが病院間で共有化されていたならば、薬情報をなくしたことによる「薬難民」を減らすことができたと思います。
電子カルテのクラウド化や多施設による医療情報の共有は、災害時に関わらず平時でも有用な医療システムです。特に医療過疎地での遠隔医療が注目を浴びている昨今、遠隔地域とのデータを共有できるような医療情報システムへの注目は高まっています。
しかし、全国に8,000以上の病院、100,000以上の診療所があり、病院の6割、診療所の7割以上が私立であるという日本の医療事情では、データの突合一つをとっても誰がリーダーシップをとり、どのようにインセンティブを与えるのか、という大きな障壁があります。災害・減災というキーワードは、このようにばらばらの医療施設と行政が手を取り合うための良いきっかけとなるものです。
原発事故の減災対策をきっかけに、原発周辺地域が遠隔医療の最先端地域となることができないか。そのように考えています。
リスクを逆手にとってより健康な社会を
災害大国である日本は、古来より地震、台風、火山、流行り病、地滑り、雪害など、様々な災害に備えることで、レジリエンスの高い社会を構築してきました。
もちろん原発事故は自然災害ではありませんが、どんな電力も、社会にとって有益であるとともにハザードともなり得ます。そのリスクを抱えつつも電力本来の目的、すなわち電力の安定供給による社会の発展を目指すのであれば、そのハザードに耐えうる健康な社会を構築することもまた、視野に入れるべきではないでしょうか。
健康な地域づくりの核に
「悪法が通った、盛んに反対したけれども結局通っちゃった、通っちゃったら終わりであるという考え方。これは終わりじゃないんです。通ったらその悪法が少しでも悪く適用されないように、なお努力する…ということです。」注4)
とは、政治学者丸山眞男の言葉ですが、様々な法や政治決定を「悪法」とするかどうかは、私たちの努力にかかっています。たとえば原発再稼働がなされた、だから反原発派の意見は全く通らなかった、ではないと思います。日本という国が原発の再稼働という選択をとるのであれば、福島の経験を踏まえ、原発立地都市であるからこそ健康になれるような街を作りあげる。そのような不断の努力が、将来的に政治的判断の正誤を決定するのではないでしょうか。
自治体や医療・公衆衛生関係者とも連携し、安全、安心、クリーンというだけでなく、地域社会の健康の核となる存在を目指すこと。それが福島の災害に各地の原子力発電所が学ぶべき、一番の教訓ではないかと考えています。
- 注4)
- 丸山眞男 著、松本礼二 編注.政治の世界p391.