COP21参戦記(その1)

日本の「存在感」


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 わが国のメディアが国連気候変動交渉について報じる際、しばしば聞かれるのが「存在感」という言葉だ。「交渉における日本の存在感が薄い」などのように、我が国の目標や取り組み、国際交渉への貢献が不十分であるとの批判的文脈で使われることが多い。
 しかし気候変動の国際交渉で存在感を発揮するのは、中国や米国などのような大排出国、あるいは、常に米国に対して強い反発を示す中南米諸国や最近のインドなどのように声の大きい国である。中国や米国などの大排出国のレッドラインを超えてしまいその参加を得ることができなければ、その他の国で合意を形成しても気候変動対策には意味が無い。これは京都議定書の経験からも明らかだ。また、全会一致制を採る気候変動枠組み条約交渉においては、一か国でも頑として反対すれば合意そのものができない。そのため、交渉をまとめようとする前向きな国よりも、交渉に対して「寝転がる(進展を阻止する、の意味)」国を説得・懐柔するために交渉関係者は心を砕くことになるので、勢い存在感という点では増す。
 わが国が排出する温室効果ガス排出量は世界の3%程度に過ぎず、大排出国とは言いがたい。また日本政府が交渉において強くNOを言うことは殆ど無い。(むしろ、例えば先進国から途上国に対して行われる資金支援は、途上国が温室効果ガス削減に有為に取り組むことなどを前提としていたものであることなど、もっと強く主張してもらいたいと思う場面も多い)
 そのためこの交渉を表面的に見れば日本の存在感が感じられないのはある意味当然のことであるし、そもそもこの交渉において存在感があることが良いことであるとは決して思えない。そのような表層的な評価よりも、いまパリで生まれようとしている合意が基礎を置く「プレッジアンドレビュー方式」は我が国が長年提唱してきた考え方である注1)という、本質的な貢献をこそ評価すべきではないか。

COP会場入り口。各国の国旗をデザインした柱が立ち並ぶ

COP会場入り口。各国の国旗をデザインした柱が立ち並ぶ

 京都議定書においては、先進国の温室効果ガス排出量を1990年比で約5%削減することが掲げられた。その上で、この総量目標を各国の義務として配分する交渉が行われ、その結果として各国は、未達成の場合は罰則規定(第一約束期間の目標が未達成の場合、超過排出量の1.3倍を次の約束期間の削減義務に上乗せ)もある強制力ある数値目標を負ったのである。強制力・拘束力ある枠組みであることが、目標達成への信頼性を裏打ちすると期待されたわけだが、逆にそれが仇ともなった。第一約束期間の目標達成が不可能と見て離脱を表明したカナダを見ても明らかな通り、罰則覚悟で次期約束期間にも参加するというモチベーションが働くとは考え難い。強制力・拘束力あるがゆえに、各国の参加意欲を維持できなかったのである。
 京都議定書の失敗は、気候変動問題の本質およびそれを踏まえた参加国の行動を現実的に考えなかったことにある。気候変動問題は、エネルギーの利用に伴って必然的に排出される温室効果ガスによって引き起こされる「経済問題」であり、対策コストはローカルにかかるが対策の結果はグローバルにもたらされる(温暖化対策のコストは各国がそれぞれ負担するが、温暖化しない地球は公共財である)ことから参加国はフリーライド(ただ乗り)を求めるものなのだ。

 日本は1990年代初頭の気候変動枠組み条約策定に至る交渉の当時から、京都議定書型のトップダウンアプローチでは対策の持続可能性が無く、各国が自主的に努力目標を設定することを前提とするプレッジアンドレビュー方式を採ることによって、各国の参加意欲を維持すべきと主張してきたのである。2020年以降の枠組みがこの方式に基礎を置いて成立すれば、我が国の気候変動交渉における大きな貢献となる。
 そして、今後我が国がその存在感を発揮すべき分野は二つあると筆者は考える。一つは2020年以降の枠組みの具体的制度設計に対する知見の提供だ。このプレッジアンドレビュー方式の合意が気候変動対策として実効性を持つには、期中の実施状況確認や持続的な目標検討などのプロセスが透明性あるかたちで構築される必要がある。産業界の自主的取り組みで培った具体的なノウハウを提供することは、我が国ならではの貢献である。あわせて重要なのが、途上国のキャパシティービルディング(能力構築)への協力である。温室効果ガス排出量のデータを正確に把握することは気候変動対策のはじめの一歩であるが、途上国の多くはそうした能力を持たないからだ。透明性あるデータ提供の必要性について、中国を含めた各国の理解を求めていくことも含めて、プレッジアンドレビュー方式の取り組みを成功させてきたわが国にしかなしえない貢献は多い。
 もう一つの分野は革新的技術開発である。11月30日にフランス政府が発表した「ミッション・イノベーション」は、クリーンエネルギー分野の幅広いイノベーションを加速することなどを目的としたもので、各国政府が拠出する革新低技術開発予算を倍増させることを提唱している。COP21議長国のフランスの他、オーストラリア、ブラジル、カナダ、チリ、中国、デンマーク、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イタリア、日本、メキシコ、ノルウェー、韓国、サウジアラビア、スウェーデン、英国、アラブ首長国連邦及び米国が参加を表明した。COPにあわせて立ち上げを表明したので、お座敷を広げすぎている感は否めないが、気候変動対策には革新的技術開発が不可欠であることが世界の共通認識になりつつあることがわかる。京都議定書に最も欠けていたのは技術の観点が抜け落ちていることであると指摘されていた注2)。日本政府には現存する技術を前提に気候変動対策に要する負担の配分を議論する国連における外交交渉に拘るよりも、革新的技術開発に向けた協調的議論をリードし、知的財産権の適切な取り扱いなど、ビジネスベースでの技術普及・移転の進展に貢献することが求められる。
 また国内においても、企業が自主的な研究開発意欲を維持しうる支援策を整えることが望まれる。安倍首相はCOP首脳会合におけるスピーチで注3)、「エネルギー・環境イノベーション戦略」を来春までに策定し、水素エネルギーの貯蔵・輸送技術や次世代蓄電池など、有望な技術を特化して政府が開発支援を行う旨を表明し、今後日本が革新的技術開発において世界に貢献していく姿勢を明確にした。有望分野を特化することは国民負担のリソースに限りがあることから当然必要ではあるが、政府が技術を選択して補助金を与えるという制度は、企業のリスクテイク意欲を削いでしまいかねない。企業の自主性のある開発意欲を維持するためには、税制優遇などあらゆる政策措置を検討する必要があろう。

 国連交渉は、参加するたびにその限界を感じざるを得ない。国連気候変動交渉における存在感よりも、気候変動問題の解決に向けて、日本にしかできない存在感の示し方を模索すべきである。

ADPクロージングプレナリーにて

ADPクロージングプレナリーにて

注1)
Negotiating Climate Change – The inside story of the Rio Convention”(Irving M. Mintzer / J.A.Leonard編著、Cambridge University Press and Stockholm Environment Institute 1994)P65
また、「地球温暖化問題の再検証―ポスト京都議定書の交渉にどう臨むか」東洋経済新報社(2004)最終章にプレッジアンドレビュー方式が提唱されている。
注2)
「地球温暖化問題の再検証―ポスト京都議定書の交渉にどう臨むか」東洋経済新報社 P306
注3)
外務省HP  COP21首脳会合における安倍総理大臣スピーチ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page24_000543.html