パリ協定は「入れ物」としては公平だが「中身」は公平とは限らない。数値目標△26%の達成は「義務」ではない

日本の温暖化対策は3Eのバランスを重視せよ


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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日本がパリ協定に提出した△26%という排出削減の数値目標を達成することは、国際法上の義務ではない。数値目標の達成に向けた温暖化対策を実施することは義務であるが、この内容は各国に任されている。日本は3E(環境、経済、エネルギー安定供給)のバランスを踏まえた、現実的な政策を実施すべきである。なぜなら、パリ協定においては他国が日本と同程度のコストを伴う温暖化対策をするという保障は無いからである。もしも日本が3Eのバランスを欠き経済を犠牲にすると、温暖化問題の解決にあたり長期的に重要となる革新的技術開発への悪影響が懸念される。

 筆者は2015年12月22日の産構審・中環審合同会合(以下、単に合同会合)に委員として出席した。そこで気になったことが2つある。キーワードは「公平」と「義務」である。

パリ協定の「中身」は「公平」とは限らない

 合同会合においては、パリ協定が「公平」であるという見解が、何人かの出席者から示された。また政府資料注1) でもメディア報道でも「公平」であるという見解を散見する。だが実際には、パリ協定は、「入れ物」としては公平であるが、「中身」は公平とは限らない。この点は決して誤解してはいけない
 以下に説明する。パリ協定では、先進国も途上国もほぼ同じ手続きに則って数値目標を提出しレビューを受ける注2) 。この点は公平である。だが、その数値の厳しさや、具体的な取り組みの程度については、それが公平になるという保障は存在しない。
 温暖化対策における費用負担の程度が国々によって不揃いになるという点は、京都議定書の問題点とされてきたところであるが、実は、パリ協定においても、その運用において同様な問題が起きうる、ということである。
 この問題を端的に示す例として、RITEが実施している定量的分析がある。これによると、中国が提出した数値目標達成のための費用負担はゼロであるなど、国によって温暖化対策の費用負担は大きく異なる、としている。
 パリ協定における、公平な対策を促すための仕組みはどのようなものか。それは、数値目標と排出量目録の提出を義務づけるという形で、各国の取り組みの透明性を高めるというものである。これによって狙っていることは、協定の外部からの検証活動を活発化させ、内外からの政治的な圧力を高めることで、諸国がより野心的な温暖化対策に取り組むように仕向けることである。
 だが、この仕組みのもとで予想されることは、内外からの政治的な圧力に対して、感度の高い国と低い国があり、温暖化対策をする国としない国で相当な非対称が出来るだろう、ということである。
 日本は感度が高く、数値目標の設定にあたっても実施にあたっても、相当な圧力がかかると思われる。だが国によっては、国際的な圧力など殆ど関係なくエネルギー政策を実施する場合もあるだろう。さらにいえば、現在の国際状況においては、自国経済や安全保障を犠牲にしてまで温暖化対策を進めようとは考えていない国も多いと思われる。
 従って、日本がいくら努力して野心的な数値目標を達成したとしても、諸外国は必ずしもそうしなくて、地球規模での排出削減は進まないかもしれない、ということである。

パリ協定の数値目標は「義務」ではない。京都議定書とは全く異なる

 合同会合で気になったことの2つ目は、△26%という日本の数値目標が、京都議定書における△6%という数値目標と同様に、あたかも国際的な「義務」であるかのように扱うような意見が、何人かの出席者から示されたことである。具体的には「非拘束目標」「義務ではない」といった事実についての明言を避けたり、さらに踏み込んで「着実に達成すべきものである」といった意見までが聞かれたりした。このようなことでは、京都議定書の数値目標との法的な違いが分らなくなり、他の広範な国益を損なってでも数値目標を達成するということになってしまうことが危惧される。
 パリ協定において、諸国は数値目標を提出している。(日本は2030年に2013年比で△26%)。諸国は、パリ協定に基づいて数値目標の達成を目指した国内政策措置を実施する義務はあるが、数値目標の達成自体は義務ではない
 このような協定になった理由は、将来については不確実なことが多く、また温暖化対策には膨大なコストが伴いうるため、野心的な数値目標を掲げた場合、その達成を国際的な義務として引き受けることの出来る国は限られるからである。これは京都議定書が失敗した根本的な理由でもあった。

3Eのバランスをとった現実的な温暖化対策の実施をせよ

 さてパリ協定において「政策実施の義務」はあるのだが、このやり方は、各国に任されている。日本はどうすればよいか。まずは、現行の数値目標算出のベースとなった、長期エネルギー需給見通しの達成に向けて、政策を整備していくことが出発点となる。
 この実施にあたって重要なことは、長期エネルギー需給見通しの精神に則り、費用対効果をはじめとした3Eのバランスを堅持しつつ、政策を整備していくことである。3Eのバランスが重要なのは、前述のように、パリ協定の「中身」は公平とは限らないため、他国が日本と同等なコストを負担してまで温暖化対策を実施するとは期待できず、広範な国益は自ら守っていく必要があるためである。
 △26%という数値目標の達成については、まだコストや実施可能性についての検討が不十分であり、実施してみないと分からない点も多い。例えば、大幅な省エネや再エネの拡大などがそうである。今後は、費用対効果や3Eのバランスをみながら、個別の対策についてPDCAを回しつつ進めなければならない。決して、△26%の達成という1E(環境)を優先するあまり、温暖化対策が徒に強化拡大されて、3E(環境、経済、安定供給)のバランスを欠くようになってはいけない

3Eのバランスは革新的技術開発の前提条件

 純粋に環境対策としてみた場合に、「3Eのバランスをとる」ことは、「環境という1Eのみを追求する」ことよりも劣る、という印象を持たれる方もいるかもしれない。だが決してそうではない。なぜなら、長期的に温暖化問題を解決するためには、革新的技術が不可欠であるが、これは3Eのバランスをとってこそ実現できるからだ。
 以下に説明する。一般的に言って、革新的技術開発が進むためには、良好なマクロ経済状況のもとで多くの経済活動・企業活動が活発に行われ、投資がなされ、研究開発がなされ、科学技術全般が進歩することが重要である。
 温暖化対策技術は、他の技術と切り離して独立に生まれるわけではない。温暖化以外の、広範な目的の革新的な技術が多く生まれるなかで、その一部として温暖化対策技術も生まれる。例えば、現在の太陽電池があるのは、シリコン産業が隆盛したおかげである。今後については、例えば、新たな半導体科学技術の前進によって、より優れた太陽電池が生まれるかもしれない。
 日本には世界にもまれな産業集積がある。これを活用して温暖化対策に関する革新的技術開発をすることこそ、効果的な長期的戦略である。もしも環境という1Eを追求するあまり経済活動を衰退させてしまうのであれば、いかなる革新的技術も生まれなくなる。温暖化対策においては3Eのバランスをとり、広範な経済活動を阻害しないことで、革新的技術を生み出すことを目指すべきであろう

注1)
例えば、合同会合資料4
注2)
パリ協定では、すべての国が排出削減目標を5年ごとに提出・更新すること、共通かつ柔軟な方法でその実施状況を報告し、レビューを受けることなどが規定されている(政府発表「COP21の概要と評価」より)

※本連載・報文は著者個人の文責に基づくものであり、いかなる所属・関連機関に責が及ぶものではありません。

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