台湾の野心的なCO2削減目標・・・日本と共に荊の道を歩む


キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹

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あまり知られていないが、COP21に合わせて、台湾もCO2削減に関する野心的な数値目標を発表した。だがそれは達成困難であるとして、エネルギー専門家は頭を抱える。台湾はエネルギーの9割を輸入に頼り注1)、また環境運動が盛んな点も日本によく似ている。同じ問題を抱える仲間として、互いに学び合い、無用な失敗は避けたいものだ。とても他人事と思えない台湾事情を紹介する。

 台湾は気候変動枠組み条約の締約国ではないが、気候変動枠組み条約の行動に合わせて、世界規模の温暖化対策に参加するとして、台湾のCO2削減数値目標(約束草案、Intended Nationally Determined Contribution, INDC)を発表した。2030年を目標年として、2005年比で20%の削減をする、これはなりゆきの温室効果ガス排出量に対して50%の削減に相当する、としている注2)。ただし、具体的にどのように達成するのか、エネルギー需要量やその内訳などは、まだ明らかにされていない。
 筆者は最近、台湾で開催された中日工程技術研討会に参加して、エネルギーに詳しい専門家と議論をしてきたが、この目標達成は極めて困難である、という意見が大半を占めた。なぜなら、2010年から2013年の平均で見ると、台湾ではなおGDPは年率4.57%で伸びていて、CO2はこれよりは低いながら、やはり年率1.89%で伸びてきたからである。このトレンドを逆転させて、大幅に削減することは容易ではない。
 目標達成のために原子力発電が活用できるかというと、見通しは暗い。台湾でも原子力発電には反対運動が強く、馬国民党政権は、ほぼ工事が完了した台湾第四発電所の130万kWのABWR2基の運転開始を、2014年に見合わせてしまった注3)
 水力発電も新設は難しい。台湾では水不足問題もあり、ダムが必要なことは明白であるが、その建設も環境運動によって滞っている。ダムで出来る貯水池に沈む生態系において希少な蝶が脅かされる、あるいは、移住を余儀なくされる住民がいるなどの理由で、反対運動が強い。
 省エネ規制は強化されつつあり、特に今話題になっているのが工場に対する「年率1%の電力消費削減義務」である注4)。これは来年から施行されるというが、「出来るはずがない」という産業界の声が強い。さすがに執行段階では、不遵守に対しても一定の配慮がなされることになるとは思うが、産業界ではこの規定の行方について不安を抱いている。(なお余談ながら、これについては、日本の省エネ法における「年率1%の原単位改善」の規定は、決して強行されてきた訳ではないことを、こちらから台湾の方々にお伝えした。これは彼の地の政策運用のあり方を考える為に有益だったと思う)。
 石炭火力発電についても、特に地方政府レベルで大気汚染問題が取りざたされ、新設が難しくなりつつあるという。実態としては、石炭火力発電所由来の大気汚染は少なく、大陸からの越境汚染や、台湾で多いオートバイによる汚染の方が深刻なのだが、それとは関係なく、石炭火力発電所は環境運動の標的になっているという。
 以上のような、環境運動や環境規制強化は、今日の台湾において全国的に見られる現象となっている。そして、この傾向は、2016年1月に行われる総統選挙で、一層拍車がかかると見られている。というのは、国民党の馬英九に代わり、より環境問題を重視する民進党の蔡英文女史が新しい総統となることが確実視されているからである。
 なお台湾の環境運動は、以下のような歴史的背景に根ざすものであるという。国民党は、蒋介石以来、白色テロに続き1987年まで台湾を戒厳令下に置いた。この反動において、その後の民主的な運動も反権力闘争としての意味合いが強く、反原発運動も、環境運動も、同じ精神構造の中で論じられてきた。つまり国民の多くは国民党を電力会社(国営の台湾電力公司)と同一視しており、原子力発電も同一視して、批判している。象徴的なのは、国民党政権の抑圧に抵抗して投獄された経験のある林義雄氏が、台湾第四原子力発電所の運転の是非を問う国民投票の実施を求めてハンストを行い、大きな社会問題となった件である。台湾では運動家文化がいまなお強く政治に影響を与えているという。
 今後10年以内に、既設の原子力発電所の運転開始からの年齢が次々に40年に達するため注5)、もしもこの後の運転が認められなければ、電力供給の20%を占める原子力発電が次々に退役することになる注6)。蔡政権になると、これが現実になるかもしれない、と噂されている。
 前述のように、台湾では今も経済成長が続き、エネルギー需要が伸びている。その中にあって発電設備の新設が進まないことから、このままでは、2017年には電力の割り当てが始まるだろうという「2017年電力危機説」が議論されている。既に2015年においても需給ひっ迫時には予備率が1%になったこともあったという。台湾で最大の半導体製造会社TSMCの社長は馬総統に対して、このままでは台湾の産業界は大打撃を被るとして、電力事情の改善を求める申し入れをしている注7)。TSMCはGDPの5%を生み出す一方で、電力消費の3%を占めている巨大企業である。
 
 一つ不思議に思うのは、台湾はエネルギー安全保障についてどうしてこれほど(日本より深刻なはずなのに)鈍感であるのか、ということである。台湾は、中国から独立するにしろ、あるいは香港のように特別区となるにせよ、いずれにしても経済と科学技術は強くなければならず、そのための基盤としてのエネルギー安全保障については敏感でなければならないだろう。このような主張は、非公式な場では論じる方もいる。だがこれは、表立って語られることは希であるという。公の論壇の大半は、日本と同様な、リベラルな言説が支配しているとのことだ。
 民進党は、かつて陳水扁政権のときに台湾独立を標榜し、中国と軍事的衝突の危機を招いた。このため、中国は民進党政権の誕生ではなく、国民党政権の存続を望んでいる。だが民進党政権になれば、原子力、水力発電、石炭火力などの建設や運用は、今以上の困難に直面すると見られている。この結果として国力が弱くなれば、台湾は中国への従属度を高めるかもしれない。もしそうならば、民進党支持者が望むのと逆の、皮肉な結果となる。だがこのようなエネルギーと安全保障の関連は、公にはあまり議論されていないという。

 このように、台湾と日本のエネルギー・環境を巡る情勢は、日本と類似している点が多い。互いの事情を学び合うことで、間違いや混乱を避け、良い政策判断が出来るようにしたいものである。

注1)
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=14-02-04-01
注2)
http://www.taiwanembassy.org/ct.asp?xItem=649659&ctNode=1453&mp=202
注3)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E7%AC%AC%E5%9B%9B%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80
注4)
「第31回中日工程技術研討会」における台湾工業技術院潘子欽氏講演資料、2015年12月3日。
注5)
原子力発電所の運転開始年は、台湾第1:1977~78年、第2:1981~82年、第3:1982~83年
注6)
台湾の電源構成は、原子力20%、石炭40%、LNG30%であり、他は再エネと石油火力である。
注7)
Chinapost, 2015年11月26日付
http://www.chinapost.com.tw/taiwan/business/2015/11/26/451936/TSMC-head.htm

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