COP21 パリ協定とその評価(その2)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
※【COP21 パリ協定とその評価(その1)】
パリ合意の概要
次に今回合意されたパリ協定の主要ポイントを見ていこう。協定全文は以下のサイトでダウンロード可能なので適宜参照しながらご覧いただきたい。
http://unfccc.int/resource/docs/2015/cop21/eng/l09r01.pdf
目的
パリ協定第2条では本協定の目的として「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること」(第1項(a))、「適応能力を向上させること」(第1項(b))、「資金の流れを低排出で強靱な発展に向けた道筋に適合させること」(弟1項(c))等によって、気候変動の脅威への世界的な対応を強化することであると規定している。
また第2項では「この協定は、衡平及び各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能力の原則を反映するよう実施する」と規定した。
本条で特記すべき点は、初めて国際条約に温度目標が記載されたことである。もちろん、第2条の柱書「This Agreement… aims to strengthen the global response to the threat of climate change…, including by:」を受けて「(a) Holding the increase in the global temperature to well below 2℃ above pre-industrial levels and to pursue efforts to limit the temperature increase to 1.5℃ above pre-industrial levels…」となっているため、努力目標ではある。しかし気候変動枠組条約第2条では「この条約及び締約国会議が採択する法的文書には、この条約の関連規定に従い、気候系に対して危険な人為的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させることを究極的な目的とする。そのような水準は、生態系が気候変動に自然に適応し、食糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができるような期間内に達成されるべきである」と規定されているのみで、具体的な濃度目標や温度目標は記載されていなかった。カンクン合意前文においては「IPCC第4次評価報告書にあるように産業革命以降の温度上昇を2度以下に抑制するためには大幅な温室効果ガスの抑制が必要であり、締約国はこの長期目標を満たすために迅速な行動が必要であることを認識する。また最良の科学的知見に基づき、1.5℃を含む長期目標の強化を検討する必要があることを認識する」という文言が入っていたが、あくまで「認識」の対象であった。今回は特定の温度が「認識」を超えて条文本体の目的に入り、しかもカンクン合意の「2度以下(below 2 °C )」が「2度を大幅に下回る(well below 2 °C )」に強化され、更に「1.5℃を目指す」という文言も加わったのは大きな違いである。加えてCOP決定パラ21 ではIPCCに対し、2018年に1.5℃目標を達成するための温室効果ガス排出経路についての特別レポートの作成することを指示している。
1.5℃への言及は島嶼国や環境NGOが強く求めていたものであり、彼らが今回の合意で最も高く評価するのはこの部分であろう。温暖化の被害を最も甚大に受けるといわれる島嶼国は温暖化交渉の中で特殊な地位を占めている。彼らの賛同を得るために温度目標の文言が強化されたわけだが、今後に向けて大きな課題を残すことにもなった。この点については後述したい。
温度目標と併せ、資金フローが目的に明記されたのも本条の特色である。この点は本交渉の目的を先進国からの支援獲得に置いていた多くの途上国の強い主張を踏まえたものであり、以後、「資金」はパリ協定のいたるところに登場することになる。
もう一つ特筆すべき点は、第2項の「各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能力の原則(principle of common but differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of different national circumstances)」という表現である。気候変動枠組条約、京都議定書、ポスト2013年交渉を通じて常に交渉を呪縛してきたのが「共通だが差異のある責任と各国の能力」、いわゆるCBDRRC(Common But Differentiated Responsibilities and Respective Capabilities)である(通常は短縮してCBDRと呼ばれる)であり、先進国、途上国の差異化の根拠とされてきた。今回の交渉の最大の争点は条約上の原則であるCBDRを条約策定後の国際経済環境変化の中でどのように新たな法的枠組みに反映させていくかにあった。従来のCBDRRCに「各国の異なる状況に照らして」を加えることにより、CBDRRCが固定的なものではなく、各国の経済発展の変化を踏まえてダイナミックに解釈されることを含意することとなった。この表現はリマのCOP20で合意されたものであるが、今回、新たな法的枠組みに盛り込まれることとなった。後述するようにパリ条約には附属書Ⅰ国、非附属書Ⅰ国という表現ではなく、先進締約国、開発途上締約国という、よりダイナミックな解釈が可能な主語が用いられていることと併せ考えれば、今後はCBDRを根拠に1992年当時の先進国、途上国分類に基づく差別化を主張することが難しくなることを含意している。BBCは「CBDRRCILDNCが合意を導き出した」と報じているが、交渉官は今後の交渉で、CBDRではなく、その3倍近い長さの舌を噛みそうな略語を連発することになるだろう。
パリ協定第3条では、本協定の総則として「締約国は、気候変動への世界的な対応への自国が決定する貢献(nationally determined contribution)に関し、この協定の目的達成のため、第4条(緩和)、第7条(適応)、第9条(資金)、第10条(技術)、第11条(キャパシティビルディング)及び第13条(透明性)に定める野心的な取組を実施し、提出する。締約国の取組は、この協定を実効的に実施するために開発途上締約国を支援する必要性を認識しつつ、長期的に前進を示す(As nationally determined contribution to the global response to climate change, all Parties are to undertake and communicate ambitious efforts as defined in Articles 4,7,9,10,11 and 13 with the view to achieving the purpose of this Agreement as set out in Article 2. The efforts of all Parties will represent a progression over time, while recognizing the need to support developing country Parties for the effective implementation of this Agreement)」と定めている。
今次交渉を通じて各国は温暖化防止に対する貢献として約束草案(INDC: Intended Nationally Determined Contribution)を提出してきたが、パリ協定参加後は「自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution)」としてその達成に努力することになる(以後、簡略化のため、「NDC」と呼ぶこととする)。COP決定パラ22では「批准、加入、承認書の寄託よりも前に最初のNDCを提出することが求められているが、パリ協定参加前に約束草案を提出した締約国については、別の決定をしない限り、この要請を満たしたものとみなす」と規定されており、日本のように既に約束草案を提出した国は新たな提出手続は不要となる。