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COP21 パリ協定とその評価(その2)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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緩和

 パリ協定第4条では緩和(温室効果ガスの削減・抑制)に関する規定が盛り込まれた。
 第1項では上記の温度目標を達成するため、「開発途上締約国のピークアウトにはより長い時間がかかることを認識しつつ、できるだけ早く温室効果ガスのピークアウトを目指し」「その後、迅速に排出を削減し」「今世紀後半に温室効果ガスの排出と吸収のバランスを図る」こととされた。交渉途上では今年のエルマウサミット首脳声明に盛り込まれた「2050年までに2010年比40-70%の高い方の削減を目指す」との全球削減目標も検討されたが、中国、インド等の強い反対によって盛り込まれなかった。先進国の長期削減目標を差し引けば自動的に途上国全体の長期削減目標にもつながることを嫌ったからであろう。この点については2009年の主要経済国フォーラム(MEF)における構図と全く変わっていない。温度目標を排出削減目標に「翻訳」するためには産業革命以降の温室効果ガス濃度が倍増した場合、どの程度の温度上昇をもたらすかという気候感度を決める必要があるが、この点についてはまだ多くの不確実性がある。温度目標は受け入れられるが、排出削減目標は受け入れられないというのはそういった背景がある。
 第2項では「各締約国が累次のNDC(削減目標・行動)を作成、提出、維持する。また、NDCの目的を達成するための国内措置をとる(Each Party shall prepare, communicate and maintain successive nationally determined contributions that it intends to achieve. Parties shall pursue domestic mitigation measures, with the aim of achieving the objectives of such contributions)」と規定された。主語が先進締約国、開発途上締約国で差別化されず、全ての締約国が緩和に向けて目標を設定することが法的拘束力を示すshallという助動詞で義務付けられたことは特筆大書してよい。先進国のみが数値目標と義務を負う京都議定書からの非常に大きな転換であり、全ての国が参加する枠組みの根幹となる非常に重要な規定である。
 第3項では、「累次のNDCは、各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能力を反映し、従前のNDCを超えた前進を示し、及び可能な限り最も高い野心を反映する(Each Party’s successive nationally determined contribution will represent a progression beyond the Party’s then current nationally determined contribution and reflect its highest possible ambition, reflecting its common but differentiated responsibilities and respective capabilities, in the light of different national circumstances)」と規定された。日本の報道では「野心のレベルを引き上げねばならない後退禁止条項」とも呼称されたが、助動詞は法的拘束力を示すshallよりもずっと弱いwillであり、いわば努力目標と言ってよい。交渉ではまさしくこの助動詞が論点となり、オプションとしてshall, should も検討された。法的拘束力を持たせるshallとなった場合、各国の提出したNDCが事実上の下限値として法的拘束力を持つことになり、米国はじめ多くの国にとって受け入れられるものではない。このため、12月10日夜に出された第二次テキストでは、ブラケットなしでshouldと明記されていたのだが、それでも受け入れられないとした意見が多かったのか、最終的には最も弱いwillで決着した。今後、この条文の解釈・運用に当たってはこうした交渉経緯を念頭に置く必要があろう。
 第4項では、「先進締約国は、全経済にわたる排出の絶対量の削減目標をとることによって、引き続き先頭に立つべき。開発途上締約国は、緩和努力を高めることを継続すべきであり、各国の異なる事情に照らしつつ、全経済にわたる排出の削減又は抑制目標に移行することを奨励される(Developed country Parties should continue taking the lead by undertaking economy-wide absolute emission reduction targets. Developing country Parties should continue enhancing their mitigation efforts, and are encouraged to move over time towards economy-wide emission reduction or limitation targets in the light of different national circumstances」と規定された。ここで特筆されるべきは、パリ協定を通じて「先進締約国(developed country Parties)」と「開発途上締約国(developing country Parties)」という表現が使われ、気候変動枠組条約や京都議定書のように「附属書Ⅰ国」、「非附属書Ⅰ国」という表現が使われていないことである。各国の発展段階は進化するのであり、1992年の気候変動枠組条約当時の国の区分を固定する「附属書Ⅰ国」という用語を使わなかったことは高く評価される。なお、本項では先進締約国、開発途上締約国いずれも助動詞はshould となっているが、フランスが提示した最終案の段階では先進締約国がshall、開発途上締約国がshould と使い分けされていた。最終案配布後に開催されたパリ委員会では、キンリー事務局次長が本件を含むいくつかの「テクニカルエラー」を早口で読み上げ、間髪をいれずファビウス議長が「今事務局から提示されたテクニカルエラーを修正するとの理解の上でパリ協定を採択する」と木槌を下した。しかしshallとshouldでは法的拘束力が全く異なり、通常であれば「テクニカルエラー」で片づけられる話ではない。ニューヨークタイムズでは会議開催前に米国のケリー国務長官が「このままでは米国は採択に参加できない」とファビウス議長に迫り、修正させたという内輪話が暴露されている。
 第8項では、全ての締約国はNDCの提出にあたって明確性、透明性、理解増進のために必要な情報を提供すること、第9項では後述の第14条のグローバルストックテークの結果を踏まえ、5年ごとにNDCを提出することが義務付けられた(助動詞はいずれもshall)。またCOP決定パラ23、パラ24では2025年目標の国は2020年までに、その後は5年毎に新たなNDCを提出し、2030年目標の国は2020年までに、その後は5年毎にそのNDCを提出又は更新することが要請された。2030年目標を提出した日本の場合、2020年に現在と同じ目標を提出することが認められることになる。更に第10項では第1回パリ協定締約国会合において「NDC」の共通の期間を検討することが定められた。これは現在バラついている目標年次を揃えていこうという趣旨である。
 第12項では締約国の提出したNDCは条約事務局が管理する公的な登録簿に記載されることが規定された。京都議定書のように附属書に目標値を記載した場合、変更するたびにパリ協定の改正が必要となるため、制度の安定性に配慮した措置である。
 第19項では、「全ての締約国は各国の異なる事情に照らしたそれぞれ共通に有しているが差異のある責任及び各国の能力を考慮し、第2条(協定の目的)に留意し、長期の温室効果ガス低排出発展戦略を作成、提出するよう努めるべき(should strive to)」と規定された。

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