二週目に入ったCOP21交渉の見方


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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(3)長期目標
 2050年に向けた長期目標をどう設定するかも論点だ。現在のADPテキストではカンクン合意に引き続き2度目標が盛り込まれる見込みであるが、温度目標に加え、世界全体の排出ピーク、2050年までの定量的な全球削減目標(例えばエルマウサミットのコミュニケに盛り込まれた2050年までに2010年比40~70%削減の高い方等)、今世紀末に向けた定性的な目標(低排出転換(low carbon transformation)、脱炭素化(decarbonization)、炭素中立性(carbon neutrality)等)を加えるかどうかで意見が対立している。EUや島嶼国は上記の要素がすべて必要であると主張しているが、新興国は定量的な削減目標はもちろん、定性的な目標、特に脱炭素化とか炭素中立性といった用語についても強い難色を示している。たとえ全地球の削減目標であろうと、先進国の総量削減目標を差し引けば、結果的に途上国にとっても総量目標がかかることを強く警戒しているからだ。全球目標については筆者が交渉官を務めていたラクイラサミット(2009年)でも大きな議論になったが、新興国は頑として受け入れなかった。今回は特にインドの態度が強硬であると言われている。定量的な削減目標を入れることは無理としても、定性的な目標をどこまで踏み込んで書き込めるかが焦点となろう。「今世紀末までの脱炭素化」というスローガンはIPCCの第5次評価報告書の450ppmシナリオに依拠するものだが、筆者自身はその実現可能性には相当程度の疑問を持っている。政治家は長期目標になればなるほど野心的なことを書きたがる性癖がある(長期目標の目標年次には自分は政権の座にいないとお気楽に考えているからかもしれない)が、ひとたびそれを書けば、そこから逆算して現在の目標のレベルを評価するというトップダウンの議論につながる。長期目標であっても実現可能性のチェックや努力目標としての定性的な性格の確認が必要であろう。

(4)市場メカニズム
 日本は二国間クレジット制度(JCM)により、途上国に対する低炭素技術の移転と当該技術による排出削減の「見える化」を図っている。日本のINDCにはJCMを算入していないものの、今回の交渉では、日本と途上国の双方でダブルカウントされないことを確保しつつ、「国際的に移転される削減結果(internationally transferred mitigation outcomes)」をカウントできることを目指している。しかしEU-ETS(EU排出量取引制度)的な枠組みの世界展開を狙っているEU等は、クレジットの同質性を確保すべく、国連の下で厳格に管理された市場メカニズムを志向しており、仮に国連外の取り組みであっても国連が定める厳格なガイドラインに従うことを主張している。他方、ベネズエラやボリビアのようにそもそも排出削減を取引するという市場メカニズムの発想そのものに反対している国もある。この問題は、バリ行動計画以来、何度となく取り上げられてきたが、「反市場メカニズム国」の反対により、議論の進捗がブロックされてきた。他方、反市場メカニズム国もこのイシューを葬ることはできない。市場メカニズムを重視する国々が反対に回るからだ。いわば、ペンディング状態が続いているわけだが、COP21で決着できる可能性は低いと思われる。日本にとって最も望ましくないシナリオは、市場メカニズムは認められるが、国連の管理の下に置かれたガチガチのものになってしまうことだ。それくらいであれば、市場メカニズムについて「認める」とも「認めない」とも書いていない曖昧決着の方が望ましいであろう。

(5)知的財産権
 知的財産権(IPR)の取り扱いも火種となっている。今回の合意成立のカギを握っているインドが「IPRは技術移転の障害であり、先進国は環境技術のIPRを開放し、IPR取得のための資金援助、基金設立をすべきである」との強硬な主張を展開しているのだ。この問題の背景、問題点については、本日掲載された竹内純子研究員のCOP21参戦記(その2)に詳しい(以下URL:http://ieei.or.jp/2015/12/takeuchi151209/)。インドのモディ首相は「本件について絶対に妥協するな」と指示していると言われている。しかし、IPRについて中途半端な妥協をすれば、その適用範囲がなし崩し的に拡大し、温暖化防止に決定的に重要な革新的技術開発を阻害しかねない。我が国の将来の国際競争力、経済発展にとっても大きな禍根となる。米国等とスクラムを組み、この点については「絶対に妥協しない」ポジションを貫く必要があろう。

足元を見られていないか?

 前回の投稿で述べたとおり、今回のCOP交渉を見ていると、「とにかくまとめなければ」というフランスの強い意気込みがひしひしと伝わってくる。「合意を得るためには、なりふり構わず」という感じすらする。米国には「オバマ大統領の下で合意をまとめたい」という強い思いがある。他方、温暖化で深刻な被害を受けている脆弱国と異なり、新興国は「是が非でもまとめねばならない」という状況にはない。国際交渉の世界では、足元に火が付いた国はどうしても不利になる。先週から今週にかけての動きを見ていると、こうしたフランス、米国の「焦り」を途上国が利用しているような気がしてならない。今週に入り、フランスは閣僚ファシリテータープロセスを通じて先進国に妥協を迫っているようだ。また、目標の法的義務の回避、資金面での新たなコミットの拒否、という正真正銘のレッドラインを除き、米国代表団のポジションも軟化しているとの声が聞こえてくる。パリで合意を作ることだけを考えれば、それでもいいのかもしれまい。しかし米国が妥協を重ねるほど、交渉結果に対する米国内での受容可能性が低下していくという潜在的リスクを忘れてはならない。合意だけが目的ではない。合意内容が持続可能な形で実施されることこそが重要なのだ。
 明日フランスが提示するテキスト内容が注目されるところだ。

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