ドイツの電力事情⑯ ドイツの温暖化対策はどう動く(その2)
-CO2排出課税案は断念-
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
前回ドイツの電力事情⑭で、勇ましい目標とは裏腹に温室効果ガス削減は進んでおらず、現状では目標達成が危うくなっていることをご紹介した。2020年までに1990年比で40%の温室効果ガスを削減するという目標に対して、実際の削減率は33%にとどまるという見通しが示され、その対策としてドイツ連邦政府は老朽火力発電所を対象としたCO2排出課税案の導入を検討していた。これまで再三ご紹介している通り、ドイツの再エネ発電電力量は2014年には全発電電力量の25%を占めるまでになった。しかし米国シェール革命の影響でだぶついた米国の石炭が安価で流入したこと、及び、EU-ETSで取引される排出権価格が安値で定着してしまったため、排出権の調達コストを加味したとしても石炭・褐炭火力発電が調整電源として存在感を増したのだ。
このように従来型電源である火力発電の低炭素化に失敗し、温室効果ガスの削減が進んでいないのが現状である。2015年4月1日に欧州委員会が発表した加盟各国の発電所や大規模工場の温室効果ガス排出量ランキング注1)において、排出量のトップ2から5までをドイツの褐炭火力発電所が占めており、国内の褐炭火力発電所をターゲットにした対策が急務とされたのだ。
しかし、7月2日、ドイツのメルケル首相(CDU党首)、ガブリエル連邦経済・エネルギー相(SPD党首)、ゼーホーファー・バイエルン州首相(CSU党首)与党3党の党首が、CO2排出課税の断念を含む対策に合意したことが、複数のメディアに報じられている。国内の石炭・褐炭関連の雇用喪失に対する反発があまりにも大きかったためだ。合意の内容は報道注2)によると下記のとおりである。本稿執筆時点においては、実施の手段や金額など詳細不明な点も多いが、速報として共有したい。
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- 発電分野からのCO2排出削減量を2,200万トン上乗せ(合計で9,300万トン)する目的で導入が検討されていたCO2排出課税案は廃案。
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- 代替として、合計2.7GWの褐炭火力発電所は電源不足の事態に備えたバックアップ電源として扱われ、今後卸電力市場で電力を販売することは許されない。また、4年後には廃止される。政府は対象となる発電所に4年間で計9億2,000万ユーロ(年2億3,000万ユーロ)の助成金支払い。
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- 褐炭発電業界はこれとは別に、2018年の時点で必要があれば、150万トンの追加削減を行い、政府目標の達成に協力することを確約(実施方法未定)。
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- 2018年にこれらの施策のレビューを実施。
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- CHP(熱電併給)法の改正。天然ガスコジェネへのリプレース促進により、400万トンの削減。しかしCHPへの助成強化のためのCHPサーチャージが引き上げが必要となる見込み(総額年5億ユーロ→年15億ユーロ。0.25 ct/kWh → 0.75 ct/kWhと電力消費者の負担が3倍になる可能性も報じられている)
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- エネルギー効率改善による550万トンの削減をあわせて何とか2,200万トンに。
予算は最大年11億6,000万ユーロ。16年から20年までの5年間実施。 - ○
- 送電網拡充のためには、地中化もやむを得ないため、コスト倍増を許容しても工事の進捗を優先させること。(*なお、バイエルン州を通過する予定の南北超高圧送電線SuedLinkの地中化により110億ユーロのコスト増加見込み)
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- 原発の廃炉と放射性廃棄物の長期保管に向けた資金を電力大手4社が十分に積み立てているかどうかのストレステストを実施すること。
再生可能エネルギーの大量導入と電力安定供給を両立させ、かつ、CO2削減目標を達成するための上記の施策により、今後電力需要家と納税者に100億ユーロ以上の追加負担が発生するもようだとも報じられている。エナジーヴェンデによる消費者負担のこれ以上の増大は避けたいところではあるが、再エネも温暖化も安定供給も諦めるわけにはいかない。
与党3党首の合意は苦渋の決断であっただろう。しかしこの決断が簡単に実行できるわけでもない。
例えば南北送電網の拡充のためにはコストが増大しても地中化を認める方針とはいえ、送電系統運用者(TSO)は地中化することによってコストは3倍程度に膨らみ、かつ、事故があった時に地下ケーブルでは復旧作業に時間がかかることを主張して反対していることも報じられている。ドイツのエネルギー政策は茨の道を戻るに戻れずにいるように見える。