日本の2030年目標はどのように決まったか(2)
ー「国民運動」への期待(上)ー
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(前回は、「日本の2030年目標はどのように決まったか(1)」をご覧ください)
4月30日に日本の約束草案の概要が示されるまで全7回開催された約束草案検討WGにおいて、繰り返し議論に登場した言葉がある。「国民運動」がそれだ。議題として正式に取り上げられた第3回以外でも、すべての会合において委員のどなたかから最低1回は「国民運動」という言葉が発せられている。
エネルギー政策の議論はどうしても供給サイドの観点に偏りがちになるが、需要サイドの省エネルギーがどれほど見込めるかも重要な要素である。供給サイドの大きな低炭素技術である原子力の先行きが不透明な中で、需要サイドの省エネルギーにかかる期待はおのずと高くなった。
しかし省エネに過大な期待を寄せることについては、約束草案検討WGでも、実現可能性やコスト負担の観点から異論が出たし、(一財)電力中央研究所杉山氏注1)や筆者注2)もこのサイト内の論考で警鐘を鳴らしてきた。これが社会変容を促すための国内目標であればよいが、それを前提とした温暖化目標を国際社会に提示することには慎重であるべきだからだ。しかし我が国の約束草案はオイルショックの時程度の急速な省エネが進むことを前提とした数値となった。
我が国の部門別CO2排出量推移を見ると、産業部門は1990年比で▲13.4%、2005年比で▲6.3%、運輸部門は90年比では4.1%増加だが、05年比では▲12.6%と大幅な排出削減に成功している。しかし、家庭部門は90年比59.7%、05年比でも16.3%、業務その他部門は90年比65.8%、05年比19.5%とそれぞれ大幅に増加しているのだ。電気や熱の使用量を配分した後の部門別CO2排出量は、家計関連及び業務その他部門からが全体の約4割を占める注3)存在だ。
高い省エネ目標をクリアするには、産業部門や運輸部門のさらなる努力も必要だが、排出量の増加が著しく削減ポテンシャルの大きい民生部門からの削減を確実に実行していくことが求められる。
【民生部門の削減はなぜ難しいのか】
しかし民生部門からの削減は容易ではない。
省エネの施策には①規制的手段、②経済的支援、③情報提供の3つがあるとされるが、民生部門においては特に、規制的手段(省エネ法による規制など)には限度があり、経済的支援策(エコポイント制度やエネルギー使用合理化等事業者支援補助金等)や情報提供(省エネ診断等)に期待せざるを得ない。
国民の生活に密着した民生部門のエネルギー消費を、政府がコントロールすることは困難であるからだ。家庭部門であれば世帯数、世帯人数や所得といった要因やその他ライフスタイルなどによって大きく左右されるものであり、政府が国民一人ひとりの生活を規制することはできない。規制的手段によらないとすれば、サボる人、無関心な人は政府がいくら省エネを呼びかけでも聞き流し続けるので、負担は一部の省エネ意識の高い層に偏る。
経済的支援策はインセンティブは付与しうるが、最後の選択は国民に委ねられているので政策目的達成の手段としての確実性はない。また、支援の原資に限界があるし、支援を受けてもなお投資回収が困難である対策については、政策としては有効とは言えない。例えば住宅の断熱性能向上は家庭部門の省エネ対策として最も有効ではあるが、特に既設住宅の改修についてはかかる費用が莫大であり、光熱費の削減効果のみならず住まい手の健康増進効果を便益として加えても、費用が便益を上回るのは難しい。特に近年は個々の機器の省エネ化が進んでいるが故に、建物の省エネ投資の回収は長期間を要することとなる。
勢い、情報提供による国民行動の変容に対する期待が高まり、その結果として約束草案検討WGの会合でも「国民運動」に期待する言及が増えたのであろう。
※次回は、これまでの「国民運動」の実績、今後展開される「国民運動」がどうあるべきかの示唆をお伝えします。