電力価格高騰が遠ざける低炭素社会
杉山 大志
キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
温暖化問題の解決のためには、長期的にはCO2を大幅に削減することが望ましい。このためには「電気の低炭素化」のみならず、エネルギー消費の「電化」も必要である。しかしながら欧州では、性急な再エネ導入政策等によって電力価格が高騰し、電化を妨げる要因となってしまった。これではかえって温暖化問題の根本的な解決を遅らせる危惧がある。日本も同様の轍を踏まないよう、適切な政策運営が望まれる。長期的な戦略として、温暖化対策は、性急な低炭素化を図るよりも、電力価格を抑制することを重視すべきである。
1.CO2の大幅削減のためになぜ電化が必要か
電化(=本稿では「最終エネルギー需要に占める電気の割合の上昇」と定義する)は歴史的趨勢であった。過去、電化が進んできたのは、電気が、便利・安全・クリーンだからであり、また、技術進歩によって、次々に新しい機器が利用可能になり、かつそのコストが低下してきたからである。したがって、今後もなりゆきでも電化は進んでいくと予想される。
のみならず、電気の利用は、温暖化対策としても有望である。理由の第1は、供給側において、原子力・再エネ・高効率火力発電・CCS等の多様な低炭素技術があることである。過去、CO2の少ない電源を増やし、また高効率化を進めることで、発電部門のCO2原単位は大幅に改善してきた。第2は、需要側において、ヒートポンプやモーターなどの効率の高い技術があることである。
IPCCの第5次評価報告においても、電化を進め、かつ電気の低炭素化を進めることは、大規模にCO2を削減するための有望な戦略であることが確認されている。(なお以上について詳しくは拙稿「2030年の電力化率はどうあるべきか」を参照)。
もちろん化石燃料の直接燃焼でも、一層の高効率化を図ることはできる。だがCO2を大幅に減らすことは、電気とは異なり、原理的に出来ない。水素やバイオ燃料についても将来の技術開発には一定の期待があるが、エネルギー需給全体を俯瞰するならば、それらが果たす役割は部分的なものになり、電気を補完するに留まるだろう。
2.欧州における電力価格高騰
さてそれでは、欧州では電化を進める政策をとっているかというと、これがまったくあべこべになっている。過去10年ほどを見ると、欧州の電力価格は全般に高騰し、幾つもの国・部門で、電力価格が倍増している(詳しいデータはこちらの図1、図2)
価格が高騰した理由としては、再生可能エネルギー大量導入の費用、火力発電燃料である化石燃料価格の高騰、電力市場改革の失敗の3つが挙げられている。
3.日本における電力価格高騰の懸念
日本政府の地球温暖化対策推進本部(本部長・安倍晋三首相)は、国連事務局に提出する約束草案(案)として、「2030年に2013年比で26%の温室効果ガス削減」という数値目標を提示した。
だがこの数値目標の内訳をみると、再エネ・省エネのコストによって、電力価格が大幅に上昇する惧れがあり、筆者も含めて、多くの専門家がこの問題を指摘しているところである(詳しくはこちら)。
4.高い電力価格が技術革新を妨げる危惧
一般的に言って、電気機器の技術革新は目覚ましい。だが、既存の化石燃料燃焼技術にも優れた技術が多いので、そこに割って入って新たに市場を獲得することは容易ではない。例えば電気自動車(EV)はガソリン自動車、ヒートポンプはボイラやコジェネと競わねばならない。それでも少しずつ、電気が有利になる市場の隙間(ニッチ)を探して普及をはじめることで、さらなる技術革新が期待できる。だが、そのようなニッチにおいても、光熱費が高いか低いかということは、死活的に重要である。どんなに頑張っても光熱費が高いのであれば時期尚早と諦めて研究開発を続けるしかないが、仮に政策の失敗によって電力価格が高騰するのであれば、そのような愚は避けねばならない。電力価格高騰の危惧は、これまでは、専ら、産業界を始めとした国民負担の問題として議論されてきた。これは全く正当である。だがこれに加えて、本稿では、「長期的な温暖化対策の戦略としても、電力価格高騰には害毒がある」ということを問題提起したい。