病院と原発事故(その4)
越智 小枝
相馬中央病院 非常勤医師/東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 講師
(前回は、「病院と原発事故(その3)」をご覧ください)
前の3稿では災害直後の病院と病院スタッフの葛藤について述べました。この稿では、原発事故が長期的に被災地医療に及ぼした影響について述べてみようと思います。
病院が原発事故の影響を受けやすいわけ:スタッフの問題
今、福島県の全ての病院が、医療スタッフの深刻な不足に悩んでいます。元々日本で3番目に広い県を一つの医大で賄わなくてはいけない福島県では、慢性的に医師数が不足していました。しかし今回の原発事故で致命的な人員不足に陥ったのは、むしろ医師以外の医療スタッフであったようです。
病院が他の会社以上に人員不足となる一因は、何と言っても女性の多さです。意外に知られていない事実として、病院スタッフの8割以上は女性スタッフである、という事実があります。看護師、医療事務、薬剤師、厨房、清掃、いずれも女性が多い、という事を考えていただければ容易に想像がつくと思います。
では原発事故のあと、なぜ女性は男性よりも避難することが多かったのでしょうか。じつは、ここには妊娠に対する懸念だけではない様々な理由があります。
一つには、お子さんへの影響の懸念があります。小さなお子さんのいるスタッフの中にも、子供だけを避難させて自身は残られた看護師さんがいますが、家族や親せき、何より子供自身との板挟みで苦しまれる方が非常に多かったと聞きます。
それだけでなく、長期的にみると、お子さんの教育を考えるなら、子供の少ない地域はどうしても教育レベルが下がる懸念があります。特に相双地区は、今でも南相馬より南側、相馬より北側の線路が開通していません。つまり、隣町に良い学校があっても、お子さんが毎日通うのが難しい。そのような教育目的に転居を決意される方も居ます。
さらに子供だけでなく、夫の生活も問題になります。たとえ病院が機能を続けても、夫の会社が移転したり、閉鎖したりした場合には、やはり家族ごと転居することが多い。つまり被災地で雇用が下がれば、その影響がそのまま病院スタッフの人数に反映する可能性もあるのです。
そのような状況において、病院スタッフの多くが資格職であるため、転勤が容易である、という事がマイナスに働きました。医師・看護師・薬剤師・検査技師・理学療法士・医療クラーク、など、病院スタッフは、どの地域に引っ越しても引く手数多な職業です。つまり比較的転居を決意しやすい状況にあったともいえます。
それだけでなく、病院を陰から支える厨房や清掃業の方々の多くは、パートタイムであることが多いのです。じつは今、相馬・南相馬の周辺では、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、ガソリンスタンドがパートタイマー不足に瀕しています。これは、家庭の主婦の人口が激減することが、そのまま人員不足に直結しているからです。
回復が悪いのはどの業務?
私の手元に、震災から1年半の間の、相双地区7病院の総スタッフ数の推移データがあります。震災直前の人数を100%とした場合、医師に関しては、支援医師が入ってきた影響で、少し増加傾向にあることが見て取れます。最も回復の悪いスタッフが、医療事務です。また、最も重要な看護師に関しても、その回復は80%までいたっていません。