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放射線と放射性物質(その1) 原子と分子


国際環境経済研究所主席研究員


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この内容は、福島第一原子力発電所の事故の翌年に、2012年7月から9月にかけ当該サイトで一度紹介しているが、原子力発電所の再稼働の動きが進んでいることでもあり、一部修正して再掲載させていただくことにした。

1.はじめに

 福島第一原子力発電所の事故以来、様々なメディアにより原発事故の事後処理の進捗、放射能汚染の状況、企業の行動や行政の対策などの情報が多数発信さた。メディアによる簡潔な報道は状況把握のためには便利でありがたいが、事故発生当初には誤報による混乱もあった。これは一般になじみの薄い物質名や測定単位などが原因と思われる。また「放射線が目に見えないことによる恐怖」に由来する流通や消費者の過剰反応が、次々に社会問題を引き起こしてきた。

 京都の五山送り火の騒ぎ以来、震災瓦礫の広域処理について各地で受け入れの是非について議論が起きているが、放射能汚染地域の瓦礫でもないのになぜ問題なのか私にはまったく分からない。著者はかつて製紙業界に籍を置いた人間であるが、紙業界にも政府から震災瓦礫処理に協力を求められており、地元自治体からの依頼があって精力的に協力している。
 確かに、焼却灰への放射性物質の濃縮が懸念される。しかし、福島の事故前には測定もせず気にもしていなかった自然由来の放射能を考えれば、どこまで許容できるかは自明でありその値は決して“ゼロベクレル”ではない。農産物、水産物も然りである。風評被害によって農業や漁業および観光産業などが、福島県中心に放射線そのものの被害よりも大きなダメージを今も受けている。私たちはもっと冷静に今回の事態に対応しなければならない。

 放射性物質で汚染された地域は、各自治体によって除染が進められているが、ストロンチウム90、セシウム137の30年前後の半減期を考えると、残念ながら問題が解消するまでは10年単位の時間が必要になる。
 一方、チェルノブィリ事故の被ばく地では、放射能汚染という目に見えない敵の素性を知ることによって、軽度の汚染地域であれば問題なく通常の健康な生活を営んでいるとされる。放射線についての基礎的知識を身につけることにより、不要な被ばくを防ぎながら安心して生活することができる。

 この文は、福島県内で不安を感じながらボランティア活動をしている人たちの求めに応じて、放射線について解説したときの資料を整理して、紙業界の技術誌注1)に掲載した文を再構成したものであり、著者が郡山市内で実施している除染作業者のための安全教育の資料として現在も使っている。放射線とは何か、これまでどんな事故が起きどのような対応をしているか、また不用意な被ばくを防ぐ方法、私見を含む放射性物質除染の基本的考え方などに触れる。科学になじみのない人には難解なところもあると思うが、少しでも読者の不安の解消に役立てば幸いである。

2.原子と分子

 放射線を理解してもらうため先ず原子と分子の話から始める。世の中のあらゆる物質の根源である原子(元素)は、原子核というプラスの電荷をもつ粒子の周りをマイナスに荷電した軽い粒子(電子)がとり巻いて超高速で動いている。原子は最も外側を回る電子を原子間で取りあったり共有したりして、様々な分子および物質を構成したり反応したりする。分子を作る化学結合は電子を原子間で共有することから共有結合という。

 例えば、水の分子H2Oは水素2個と酸素1個が結びついてできている。沸点が78.32℃のエチルアルコールCH3CHOH、64.65℃のメチルアルコールCH3OH、80.1℃のベンゼンC6H6 よりも水1分子は軽いので、本来揮発性が高く沸点(大気圧下で沸騰する温度)は低いはずであるが、実際には水は分子がいくつも集まったクラスター(塊)になっているので、常温では液体として存在しており沸点は100℃である。これは水分子の間で酸素の余剰電子が介在して水素原子を共有する水素結合という形をとっているためである。もしも水分子にクラスターを作る性質がなかったら、海も生命も生まれていなかったという話である。なお、大気圧下の水の沸点を100℃と定義している。
 
 また、空気の主成分で78%を占める窒素は、窒素原子ではなく窒素原子が2個結合して安定な分子N2として存在する。酸素も主に酸素分子O2として空気中に21%存在するが、酸素分子には結合に与らない電子が2個余っており、この余剰電子が重要な働きをしている。上記の水素結合で水のクラスターを作り、また様々な酸化反応を起こしている。いわゆる物の燃焼、金属の錆、生物体内のエネルギー生産のための呼吸などである。つまり、地球上では酸素原子の余剰電子が自然の循環をもたらし生命を育んできたともいえる。酸素原子は、低緯度成層圏で太陽光のエネルギーにより3個結びついてオゾンO3を生成、大気循環により極地方まで移動、上空にオゾン層ができ有害な太陽の紫外線を吸収している。O3はO2よりも酸化力が強い。

 自然に存在する安定な元素は最軽量の水素から重いウランまで83種ある。水素は陽子1個の周囲を1個の電子が回る最もシンプルな原子で、宇宙に最も大量に存在する。次に多いのは水素原子が恒星内部で核融合を起こしてできるヘリウムである。原子の性質は原子番号―原子核を構成する陽子の数―で決まる。興味があれば周期表を参照してほしい。文部科学省がホームページで公開し販売している「一家に1枚周期表」は、個々の原子の特徴が簡潔に記載されており、またわが国のノーベル賞受賞科学者の写真と業績が載っているものもある。見ていて楽しい注2)

 原子核はプラス荷電の陽子だけでは粒子同士が電気的に反発しあうので、湯川英樹博士が存在を予言してノーベル物理学賞を受賞した中間子という微粒子を介して生れる核力(強い相互作用という)により、電気的に中性な中性子が混在して核が安定する。中間子は電子やニュートリノ、最近話題になったヒッグス粒子などとともに素粒子の一種である。
 例えば重水素という原子の原子核は陽子と中性子それぞれ1個からなり、陽子1個の水素の2倍の重さである。重水素は安定な原子核であり、水素の安定同位体と呼ばれる。陽子と中性子はほとんど同じ重さで、これら粒子(核子ともいう)を単位としてあらゆる原子核の重さを質量数という言葉で表すことになっている。全て質量数は水素原子の整数倍になる。セシウム137とかストロンチウム90という名称の中の数字がその質量数である。厳密には炭素12(12C)の質量数を12と定義している。

 大きな原子番号の原子ほど原子核中で陽子同士の電気的反発が強くなることから、核が安定するためにはより多くの中性子が必要になって結果的に質量数が大きくなる。余談であるが、原子の質量数(原子量)から様々な化学物質の1分子の重さである分子量が決まる。例えば水H2Oの分子量は1+1+16=18、酸素O2は16+16=32、エチルアルコールCH3CHOHは1×5+12×2+16=45である。
 ほとんどの原子に安定同位体があるので原子量および分子量に端数がある。水素には、陽子1個の原子核の水素=質量数1.007825(存在度99.9885%)と、2個の核子からなる重水素=質量数2.014102(存在度0.0115%)があり、水素という物質の原子量はそれぞれの質量数の存在度から1.00794になる。さらにごく微量の陽子1個と中性子2個から成る放射性のトリチウム(三重水素)が存在するが、原子量の値に影響を与えるほどの量ではない。トリチウムについては後述する。

 中性子と陽子の数の組み合わせによって原子には安定なものと不安定なものが存在する。図は安定同位体の分布図であるが、点で示した原子核の分布が右にいくほど陽子/中性子=1/1の線から離れ中性子が多くなっていることが分かる。この線から離れるほどその原子核は不安定であり、壊れるのも早い。恒星の中心などで原子が創られるが、不安定な原子核は短時間で壊れて安定な原子核になる。地球ができて46億年経過しているとされており不安定な原子核はなくなって、安定な世界になっているはずである。

引用文献;
 
注1)
紙パルプ技術タイムス 2012年6月, 環境対策ガイド2012
注2)
文部科学省:「一家に1枚周期表」, http://stw.mext.go.jp/series.html

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