COP20 参戦記(その1)

-論点整理-


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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 日本からほぼ丸一日をかけ、COP20が開催されているペルーの首都リマにやってきた。2020年以降の将来枠組の合意期限とされるのは来年のCOP21であるため、既に世間の意識は2015年のCOP21に向かっている感もあるが、ここで改めて今回の論点を整理しておきたい。
 大きくは、2020年以降の枠組みについてと、2020年までの目標レベルの向上に関するものとに分けられる。前者においては、合意文書の要素と、各国の約束草案に盛り込まれるべき情報の特定が議論される予定であり、「世間の意識がCOP21に向かっている」と先述した通り、こちらの将来枠組みに関する議論に関心が集まっている。「全ての国が参加し、自主的に目標を掲げ、それをレビューしあう」枠組みに移行することは既に決定しているのではあるが、さまざまな主張の違いが鮮明になっている。ここに論点を簡単に整理する。

<論点1:約束のサイクルについて>

 「約束のサイクル」ではなんのことやらわからないかもしれないが、要は目標の年限あるいはレビューを受ける期間のことである。10月に行われた会議では、長期のシグナルを投資家に送るため、サイクルは10年にすべきと主張する国(日・EU等)、長期的野心を低いまま固定しないため5年にすべきと主張する国(米国、小島嶼国等)とで意見がわかれた注1)。両者を共存させるため、5年ごとのレビューを行う案や2025年の目標とともに2030年の暫定的な目標を提出する案等が提示されたという。
 交渉第一週の感触では、この問題について歩み寄りがある可能性は相当低いそうだ。それぞれの国の主張の裏には、それぞれの国の事情があるからだ。
 例えば日本は、将来のエネルギーミックスについて2030年を目処に議論していくこととしている。2025年といえば今からちょうど10年。火力発電所の建設をするにも環境アセスメントの実施など含めて考えるとギリギリの時間であり、ここをターゲットにすることは現実的ではない。当然2030年を目標年とすべきと主張せざるを得ない。中国も日本と同様2030年を目標年としている。正確には2030年頃にCO2排出量のピークを達成すること、そしてピークを早めるよう最善の取組を行うことに加え、エネルギー消費における非化石燃料の割合を2030年までに約20%とすることを表明している。しかし2010年時点で世界の温室効果ガス排出量の1/5を占め、毎年日本の半年分の排出量にあたる5億トン以上の排出増加を見せている中国に対し、2030年までなんら国際的なレビューが行われない状況を許して良いのか、まさに「長期的野心を低いまま固定」しているのではないかという指摘ももっともである。
 対してアメリカは2025年を目標年としている。オバマ政権が掲げる目標(2025年に2005年比-26%~-28%)は、現在の法律のもとでできるであろうと考えられる取り組みを積み上げて出された数字であり(それでもその実現性には疑問符がつく)、その制限の下では2025年までしか目標を示しようがないのであろう。11月の中間選挙で米議会は上下院共に共和党が多数を占めるようになり、オバマ大統領が自分のレガシーとして環境対策に積極的になろうとすることに対して公然と反発している注2)。大統領が新たな法律を導入しようとしても議会で成立することは考えられないという事情があるのだ。
 だからといって、5年ごとのレビューを行うという妥協案を解決策とするためには、この「レビュー」の性格についての議論が必要になる。そもそも、各国が自主的に掲げた目標そのものについてどのようなレビューを行うかについてもまだ議論の途上であるが、11月に共同議長から示された案によれば、各加盟国の約束草案はUNFCCCのウェブサイトに公表され、それに対して加盟国等から質問等を受付けた上で質問に対応することが奨励される(encourage)となっている。各国に説明責任は求められるもののそれ以上のものではない。2020年以降の将来枠組みについては、全ての国の参加を得ることが最優先されており、自主的な目標に対して深堀りを迫るなどして入り口を狭めてしまうことで離脱する国が出るのを防ぐためだ。当初の目標に対してのレビューがこのように緩やかなものであるとすると、5年毎に行うレビューは何を目的にどう行われるのか。
 別の妥協案として、2025年と2030年のどちらを目標年とするかも各国の決定に任せる事項とすれば、「2050年を目標年とする」と主張する国が出てこないとも限らず、それではあまりに遠すぎて目標としての実効性を持ち得ない。また2025年に一部の国では約束の達成についてのレビューを受けるようになっているのに、一部の国ではまだ目標年限まで5年を残しているということになり、プレッジ&レビューの枠組みとして機能するかどうかの懸念も生じる。
 約束のサイクル一つをとってもこれだけ議論がわかれている。

<論点2:約束草案の対象範囲について>

 約束草案には何を盛り込むべきか。日本も含めた先進国及び一部の途上国は、緩和(削減貢献)に限定すべきであると主張しているが、緩和を含めることは義務としつつ、その他の要素は各国の任意との提案や、適応や資金的貢献など全ての要素を含めるべきと主張する国もあり、大きく議論がわかれている。
 いわゆる先進国と途上国の「差異化」をどう図るかという議論とも相まって、適応や資金的貢献についても約束させたい途上国側とそこまでは約束したくない先進国・新興国との間で溝が深まっており、COP20で最も進展が期待できない論点とも言われている。

注1)
外務省HP「強化された行動のためのダーバン・プラットフォーム特別作業部会(ADP)第2回会合第6セッション 結果概要」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page3_000977.html
注2)
http://mainichi.jp/select/news/20141113k0000e030242000c.html

<論点3.約束の法的拘束性について>

 一部の国は、この約束を法的義務とすべきと主張しており、国際的な法的拘束性の範囲等については意見が分かれている。約束の順守を法的義務としなければ全体としての削減量の見通しがつかないが、法的義務として拘束性を持たせれば、目標が未達であった場合にどう対応するのかといった問題が生じる。
 京都議定書第一約束期間においては先進国の削減は法的義務とされ、目標未達であった場合には未達分の1.3倍の削減が第二約束期間の削減義務量に付加されるなどの罰則が定められていた。しかし例えばカナダなどのように、目標達成が不可能であることが明らかになった国は第二約束期間の枠組みに参加しないことを選択するようになる。これでは各国の自主的な目標設定を前提として、すべての国の参加を求めた将来枠組みのメリットが失われてしまう。
 日本は、約束自体は法的拘束性の対象とすべきでないが、全ての国は、定量化可能な約束草案の提出(比較的排出量の少ない、かつ能力の限られた国は定性的貢献を提出することも検討しうる)、約束達成に向けた対策の実施、事前協議と事後レビューを受けることの3点を義務として受け入れるべきと主張している。

 これ以外にも、各国の取り組みの評価・レビューをどのように行うか、先進国と途上国の貢献内容をどう差異化するか、資金支援をどう具体化していくかなど、論点は尽きることが無い。途上国と先進国の溝は相変わらず深く、そして、先進国の中でも当然立場はわかれ、途上国の中でも複雑な利害対立が見られるようになっている。

 12月8日、COP20の第二週が始まった。一週間後にはどんなドラマが待っているだろうか。

テント張りのプレナリー会場
テント張りのプレナリー会場
12月8日朝。初めてプレナリー会場へ。
12月8日朝。初めてプレナリー会場へ。
多くの団体が展示ブースを出している。
多くの団体が展示ブースを出している。