混迷するエネルギー政策のなかで
安全な原発「高温ガス炉」が用いられる時代がくる?


東京工業大学名誉教授

印刷用ページ

 このように、軽水炉に比べて、安全性の面で優れている「高温ガス炉」が、軽水炉の代替として利用されるべきだとの主張は判るが、いま、多くの国民の脱原発の声を押し切って、この「高温ガス炉」を実用化するためには、軽水炉に比べての上記の安全性のメリットの他に、この炉の電力以外のエネルギー源としての水素の製造による電力以外の化石燃料の代替の社会的な効用が、同じ将来の化石燃料代替の再エネの利用との比較で、その経済的なメリットが、より高く評価されなければならない。

 化石燃料枯渇後の社会を原子力ではなく、再エネで賄うべきだと主張している人々は、この電力以外の化石燃料エネルギー源の代替として、バイオマスの存在を過大に評価しているようである。しかし、このバイオマス源の主体である森林の成長量が、その資源量としての一次エネルギー換算量で、国内一次エネルギー消費量の4 ~ 5 % 程度と少ないうえに、もし、こんなことをしたら日本の森林はたちまち丸坊主になってしまうことが厳しく認識されなければならない(文献3参照)。

 また、最近、化石燃料と同様の有機化合物を、大気中の二酸化炭素(CO2)を原料とし、再エネとしての太陽光を使って化学的に合成する方法が言われている。しかし、この方法も、未だ、実用化の目途が全く立っていないだけでなく、多分、将来的にも無理と考えるべきである。自然が、何千万年(?)もかかってつくった化石燃料を、人類が、産業革命以降の僅か数百年で使い果たそうとしている。この消費に対応する量の化石燃料代替物を、科学技術の力で創りだそうとすることは、人智の奢り以外の何ものでもない。結局は、化石燃料価格が枯渇した後に実用せざるを得ない電力以外のエネルギー源としては、再エネ電力を用いて水を電気分解した「水素」に頼る以外に方法はないと考えるべきであろう。

 この再エネ電力を用いた水電解による水素の製造コストの主体は、再エネ電力生産のコストになると考えられる。この再エネ発電のコストとしては、現状で最も安価な石炭火力発電に代わって用いられるようになる風力発電のコストを考えればよいであろう。出力変動が大きい風力発電の場合、市販電力の生産であれば、その出力の変動を平滑化するための蓄電のコストが必要になるが、この水素製造の場合には、水素製造工程自体が、出力変動対応のバッファーとして使えるので、この蓄電のコストは最小限に納めることができる。

 これに対して、「高温ガス炉」を用いた水素の製造コストは、実績データが公表されていないが、発電コストが既存の原発(軽水炉)の2/3で、6円/kWh前後とされている(電気新聞H26/9/8)ので、この数値をそのまま用いると、上記の風力発電を用いた水電解の水素製造コストより幾分安価にできる程度ではないかと推測される。

 化石燃料枯渇後の(今でない)明日に予測される電力化率が大きくなる社会で、どうしても電力で賄いきれない電力以外の化石燃料代替部分を「水素」で賄わなければならないとして、この「水素」の製造に「高温ガス炉」を利用する場合のコストが、再エネ電力を利用する場合と比較してかなり小さい予測することができたとしても、それを理由に、「高温ガス炉」を明日のエネルギー源として実用化することには大きな疑問が残る。

 それは、軽水炉に比べて安全性がはるかに大きく、核燃料廃棄物量が1/4(この点については「補遺」注2 参照)と小さいとしても、「核燃料廃棄物の処理・処分の方法」が確立していないことを理由に、脱原発を訴える小泉元首相ら多くの人々を納得させることは難しいと考えるからである。ただし、将来、私どもの子孫が、化石燃料の代替としての自然エネルギーの利用で、電力以外を含めて満足するエネルギーの質と量が得られなくて、多少のリスクを冒しても原子力エネルギーを利用したいと考えるならば、そのときに、軽水炉に代わって「高温ガス炉」を選択する余地は残しておいてもよいのではなかろうか。


「補遺」原子力の専門家による説明を受けて下記の「注」を付記する。

注1)
高温ガス炉(HTGR)では、高温になると、核分裂反応の反応度が低下するから、冷却機能が失われる緊急時に制御棒が挿入できなくても、核分裂反応が抑制されるとともに、核燃料がセラミックコーテイングされていて耐熱性を持つので、核分裂反応が自然に停止する。
注2)
軽水炉の核燃料U235の濃縮度は4 % とされている。これは、濃縮度が核燃料の被覆管の放射線強度により制約されるからである。HTGRでは、この被覆管による制約がないので、U235の濃縮度を日本に許されている値20 % まで高めることができる(ただし実証はまだ行われていない)。したがって、単位核燃料使用量当たりの利用度を 4~5 倍に高めることができる。

<引用文献>

1.
日本エネルギー経済研究所 計量分析ユニット編: エネルギー・経済統計要覧、2014、省エネルギーセンター、2014年
2.
久保田 宏:科学技術の視点から原発に依存しないエネルギー政策を創る、日刊工業新聞社、2012年
3.
久保田宏、中村元、松田智:林業の創生と震災からの復興、日本林業調査会、2014年

記事全文(PDF)