欧州のエネルギー・環境政策をめぐる風景感(その3)
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
パッケージを巡る議論
パッケージ案を巡っては、1月の発表以降、種々の議論が行われている。
第1が排出削減目標のレベルである。英国、ドイツ、フランス、北欧等のいわゆる西欧諸国が総じて▲40%目標を支持しているのに対し、石炭依存の高いポーランドを初めとする東欧諸国は、国際交渉において他国の出方を見極めることなく、EUが野心的な目標を出すことに反対している。
コロレツ・ポーランド環境大臣
問題を複雑にしているのは、EUワイドで最も費用対効果の高い削減をしようとすると、EU域内で炭素原単位が高く、エネルギー効率が低く、かつ所得水準の低い国々(即ち東欧諸国)での削減が必要になるということだ。ポーランドのコロレツ環境大臣は、「西欧諸国の野心のために中東欧諸国が犠牲になる。公平性の確保が重要だ」と主張している。ただ▲40%目標については、EU-ETSで発生する余剰排出枠を活用すれば、限定的な追加コストで達成できるとの分析もあり(3月7日付手塚宏之氏「EUの2030年40%削減目標は野心的か」参照。)、余剰排出枠の扱いについてはパッケージ案では(恐らく意図的に)曖昧になっている。▲40%という数字は維持しつつ、余剰排出枠を活用して東欧諸国の反対を押さえ込むというオチになるのかもしれない。
第2が再生可能エネルギー目標の扱いである。欧州委員会の案ではEUワイドで拘束力ある目標を設定する一方、各国別の目標は設定しないとされている。これは単一目標で十分という英国と、再生可能エネルギー目標が必要というドイツ、フランス、スウェーデン等の立場を足して2で割ったようなものだが、各国別の目標がない中で、どうやって「最低27%」の拘束力ある目標を達成しようとするのか判然としない。英国は欧州委員会の案を歓迎している一方、環境団体や再生可能エネルギー業界は各国別の強制力のある目標のないEUワイドの目標は実効性に乏しいとして強く批判している。2月の欧州議会では、2030年のパッケージは2020年と同様、3つの目標を持つべきだとの決議がなされた。この決議には強制力がないとはいえ、それなりの影響力は持ち得る。
第3が新たなエネルギーガバナンスの扱いである。欧州委員会の案は、①各国のエネルギー計画策定に当たっての詳細なガイドラインを欧州委員会が作成する、②各国はそれを踏まえ、隣国とも協議しつつ、エネルギー計画を策定する、③欧州委員会は各国のエネルギー計画がEUのエネルギー環境目標の達成に十分かどうかを評価し、それが不十分な場合は計画内容を強化するための協議を行う、というものである。これは従来、各国に委ねられていたエネルギーミックスに対するブラッセルの関与を大幅に拡大することを意味する。上記の再生可能エネルギー目標27%をEUワイドで達成するためのツールとしても使うことを想定しているのであろう。この提案についてはEU加盟国の反発が強いようだ。オランダは「欧州委員会は各国のエネルギーミックスを『承認』すべきではない」と述べている。
このような議論は、ある意味で昨年のグリーンペーパー発表以降、行われてきたものの延長であり、十分に想定されるものであった。しかし、今年の春、ただでさえジレンマに直面した欧州のエネルギー・環境政策に新たな難問が突きつけられた。ロシアのクリミア介入とこれに伴うウクライナ問題である。