英国と原子力(その1)


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 この方針は2009年に誕生した保守党のキャメロン政権にも引き継がれた。もともと保守党はサッチャー政権の頃から原子力に対しては肯定的な立場であったが、連立与党を構成する自由民主党はどちらかといえば反原発であった。このため、連立政権を組む際に、政策協議が行われ、原子力については公的補助金を出さないということを条件に自由民主党も反原発の旗を降ろし、原発容認を受け入れた。                                      
 この「原子力については公的補助金を出さない(No subsidy to nuclear)」という合意内容について、自由民主党からキャメロン政権のエネルギー・気候変動大臣になったクリス・ヒューンはこう解説した。

“This means that there will be no levy, direct payments or market support for electricity, supplies or capacity provided by a private sector new nuclear operator, unless similar support is also made available more widely to other types of generation”. “New nuclear power, for example, benefit from any general measures that are in place or maybe introduced as part of wider reform of the electricity market to encourage investments in low-carbon generation”.

 この「他の発電形式に対して同種の支援が行われるのでなければ(導入しない)」、「低炭素電源投資を推進するための、広範な電力市場改革の一環としてであれば(支援措置は有り得る)」というところがキモである。

 原子力発電は巨額な初期投資を必要とし、コストオーバーランや工期の遅れのリスクが大きい。更にメンテナンス、廃炉、廃棄物処理のコストも考えなければならない。市場だけに任せたのでは原子力発電所の新規建設に手をつけようという企業は出てこないだろう。

 かつて英国政府関係者は「炭素市場が導入されれば、原子力や再生可能エネルギー等の非化石電源の導入が進み、石炭火力等の化石電源は駆逐されていく」と豪語していた。しかし、炭素市場の切り札として導入されたEU排出量取引はトン当たり5ユーロ程度で低迷しており、原子力、再生可能エネルギーの推進はおろか、シェールガス革命の玉突き効果で米国から流入してくる安価な石炭を燃やしても十分ペイする水準になっている。事実、英国でもドイツでも石炭火力による発電量が増大し、CO2排出量は増大している。英国では低迷するEU排出量取引市場の動向を踏まえ、英国内では炭素価格にフロアプライスを設け、それを順次引き上げる(2014年18ポンド/トン→2020年30ポンド/トン)という施策を決定した。これは排出量取引の事実上の税への転化であったが、英国内で高まるエネルギー価格上昇への不満、更には欧州大陸の炭素価格が低迷する中で英国だけがフロアプライスを設ければ欧州への産業逃避につながるという批判に耐え切れず、2014年3月にはこの政策の導入を棚上げせざるを得なかった。このように炭素価格を通じて低炭素電源を導入するという施策は事実上、機能しなかったと言って良い。