環境物品の自由化交渉、日本は欧州産業界などと連携を

福島事故は新たなビジネスチャンスもたらす可能性も


国際環境経済研究所理事・主席研究員

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(「月刊ビジネスアイ エネコ」2013年6月号からの転載)

 スイス・ジュネーブに拠点を置く国際シンクタンク、ICTSD(International Centre for Trade and Sustainable Development、貿易と持続可能な開発のための国際センター)のトップ、リカルド・メレンデス・オルティーズ所長が来日した。今回の style=”float:right;”来日は、国際環境経済研究所の菊川人吾主席研究員(ジュネーブ駐在)のアレンジで実現。オルティーズ所長は同研究所との意見交換会の後、本誌インタビューに応じてくれた。同セ style=”float:right;”ンターは、各国の通商政策決定者に働きかけ、持続可能な開発を推進することを目的に、中国などにも拠点を有するなどグローバルに活動している。来日の目的や、日本のエネルギー・環境問題に関する見解をうかがった。

(インタビュアー・国際環境経済研究所理事 竹内純子)

リカルド・メレンデス・オルティーズ
リカルド・メレンデス・オルティーズ
ICTSD(貿易と持続可能な開発のための国際センター)所長

―― ICTSDについて教えてください

 「ICTSDはスイス・ジュネーブを拠点にする国際シンクタンクで、貿易や持続性のある開発の分野で指導助言を行っています。私はかつて、コロンビア政府の通商交渉官を務めていたことがあり、気候変動などの環境や開発といった分野の国際交渉にも携わっていました。こうした経歴から、国際貿易、環境、持続可能な開発に関するシンクタンクであるICTSDを1996年に立ち上げました」

―― 訪日の目的は?

 「ICTSDの代表者として、主に貿易問題やクリーンエネルギーの技術について意見交換をするため日本に来ました。訪日の背景として、ダボス会議の機会に、日米やEU(欧州連合)、中国など14カ国が環境物品の自由化交渉を立ち上げていくことをアナウンスしたことが大きな要素となっています。今回、在ジュネーブ日本政府代表部や日本政府の力添えを得て、経済産業省、外務省、経団連など関係する産業界と会合を開催し、密接な意見交換をすることができました。環境と経済の両立を研究テーマとしている国際環境経済研究所との意見交換会も大変楽しみにしてやって来ました」

―― 日本のエネルギー・環境政策の現状をどうみていますか

 「福島での不幸な事故によって日本はいま、エネルギー問題でとても難しい状況に置かれています。しかし、これが日本のビジネスに新たなチャンスをもたらす可能性があります。日本は(原発の稼働停止に伴って)他の電源を活用しなくてはならず、エネルギーコストの上昇という経済の問題とともに、二酸化炭素(CO2)排出量削減という環境問題にも対応しなくてはいけません。とても難しい立場に置かれていますが、(それをどう克服し、新たなチャンスにつなげていくかという点で)非常に興味深い時期を迎えていると思います」

―― 私たちにはピンチにしか思えませんが(笑)、『新たなチャンス』を詳しく教えていただけますか

 「チャンスには3つのポイントがあろうかと思います。1つはイノベーション(技術革新)です。気候変動問題に対応するため、化石燃料をいかに効率的に使用するかが重要となる中、日本は発電分野ですばらしい技術を持っています。日本で火力発電の比率が増大する中、福島事故が火力発電分野でのさらなるイノベーションの契機になる可能性があります。2 つ目は省エネです。建築物、物流、農業など経済全体でエネルギー効率を高めていかなくてはいけません。日本の産業界は世界にも類を見ない省エネ型発展を遂げてきました。この経験は、日本の産業の大いなる競争力であり、それをさらに高める大きなチャンスになってくると思います。3 つ目は再生可能エネルギーの利用拡大です。日本は地熱発電について、米国、インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱資源量を誇っています。また、地熱タービンの世界シェアで日本企業の存在感は絶対的です。そして、風力発電でも浮体式洋上方式の実証事業に取り組むなど、かなり先進的な技術を持っています。こうした再エネの利用拡大には、投資と政策によるマッチングといった後押しが必要であり、貿易政策も重要な役割を果たします。風力発電設備や地熱発電設備の部品や材料を国際調達する際は、貿易政策も大きく関わってくるからです」
 「また、日本にとりパナマ運河の拡張もエネルギー多様化へのチャンスになります。カリブ海やメキシコ湾岸から日本に天然ガスを輸送する場合、現状では南米最南端をグルッと迂回しなくてはならず、コスト高になっています。現在行われているパナマ運河の拡張工事が完了すれば、天然ガスの輸送コストを下げることができ、エネルギー供給源の多様化も図ることができます。これは日本にとって大きなチャンスになると思います」

パナマ政府は当初、14年中に運河の拡張工事を完了させる計画だったが、15年末~16年初めまで遅れる見通し。日本政府は、パナマ政府に早期拡張を要請する方針だ。パナマ運河を航行できる船舶の最大幅は現在、約32mだが、拡張後は49mになる。幅が40m以上ある標準的なガス輸送船が通れるようになり、米東海岸に集中するシェールガスの輸出基地から最短距離で日本に輸送できるようになる。

参考米国ピッツバーグ市の事例_mini

―― おっしゃるとおり、日本には様々な高効率技術があります。石炭火力発電所、鉄鋼のプラントなどはよく知られていますが、民生部門でも断熱効果の高い窓や、最近では遮熱効果のある塗料など、様々な技術が開発されています。今回の動きを見せている環境物品自由化交渉の成果などにより、日本が得意とするこれら技術の市場は広がっていくと期待していいでしょうか

 「貿易自由化の進展は、国際市場で日本企業が競争力を高めていく好機になると思います。私たちICTSDでは、エネルギー効率の高い物品・技術や、エネルギー供給サイドの高効率な技術を貿易自由化交渉の対象にするべきだと提案しています。APEC(アジア太平洋経済協力)でも環境物品の自由化交渉が進んでいて、関税引き下げの対象とする54品目について合意がなされました。この中に前述したような分野のものは現時点では十分に入っていませんが、APECは対象品目を拡大していく方針のようですので、今後対象に入ってくることが期待されます。EUと米国の二国間自由化交渉(TTIP)でも、エネルギー供給サイドの高効率な物品を、優先度を持って交渉対象にしていくと聞いています」
 「日本もEUとの二国間自由化交渉の中で、エネルギー供給サイドの高効率な技術などを自由化の対象にしていくことが大切です。EUの中には石炭や天然ガス火力が主体である国も多くあります。そのことが、EU市場での日本の競争力を高めることになります」
 「また、WTO(世界貿易機関)といったマルチの交渉で進めるだけでなく、TPP(環太平洋経済連携協定)やRCEP(アールセップ=東アジア地域包括的経済連携)といった複数国による自由化交渉の場を活用することによって、日本はよりダイナミックで巨大な市場をターゲットにしていけるかと思います。RCEPには豪州、ニュージーランド、インドなど日本にとって魅力的な市場を持つ国が入っています」

RCEP は、ASEAN(東南アジア諸国連合)に日本、中国、韓国、インド、豪州、ニュージーランドの6カ国を加えた計16カ国が参加する広域的な包括的経済連携構想。

―― 日本はEU市場でどのようなチャンスを得られると考えますか

 「日本の高効率な石炭火力発電の技術やそのコンポーネントの技術は、世界最高水準とみていますので、EU 市場で非常に大きなチャンスを得られるのではないでしょうか。欧州ではドイツが“脱・原発”を進めていて、原発の代わりに石炭火力への依存度を上げる必要性が出てきます。CO2排出量削減の観点から、いかに高効率な石炭火力を導入するかがポイントになってきますので、これは日本にとってビジネスチャンスになると思います。また、米国のシェールガス革命によって石炭の価格が下がっていますので、発電コストの面からも石炭火力に追い風が吹いています。このほか、日本の製鉄所のエネルギー効率も世界最高水準と聞いておりますので、この技術も大きなチャンスになると思います」
 「さらに、日本は省エネを推進するため『トップランナー制度』という素晴らしい政策を導入しています。エアコンや冷蔵庫などの家電製品、自動車などの省エネ性能について、すでに市場に出ている同じ製品の中でもっとも優れている製品の性能レベル以上を目指すもので、これらの製品はEU 市場で大きなチャンスがあると思っています」

―― EU市場でチャンスを得る可能性がある一方で、環境基準がより厳しくなる、あるいはEUの考える環境基準になることで逆にリスクも生じることになるのではないでしょうか

 「もしEUの環境基準や自由化対象物品に関する環境定義を厳しくするようになるとしても、それには良い面も悪い面もあると思います。製品や技術には、環境対策だけを目的にしているものもあれば、使用目的でつくられた製品のエネルギー効率を改善し環境性能を高めたもの―日本が得意とする分野だと思いますが―もあります。こうした観点をいかに自由化交渉に取り入れていくかがポイントになると思います」

―― 日本企業の環境技術が諸外国で導入されることを支援し、世界での温室効果ガス排出削減を図る仕組みとして、日本政府は『二国間クレジット制度』を海外に提案しています。この制度に対する見解を聞かせていただけますか

 「JCM(二国間クレジット制度)は非常に独創的で、途上国の排出削減を進めていく上で可能性のあるメカニズムだと認識しています。地球温暖化はグローバルな問題ですので、グローバルに温室効果ガス排出量を減らしていく手段としてはとても有用だと思います。JCMは、京都議定書のCDM(クリーン開発メカニズム)が抱えていた難しい課題を柔軟に解決するため、工夫が凝らされた制度だと思います。重要なのは透明性、信頼性をどれだけ担保できるかでしょう。今後、JCMで生まれたCO2排出量削減のクレジット(排出枠)が取引されるようなものになるのかどうかに関心があります。また、2015年には気候変動対策の新たな枠組みが決まる予定ですので、日本がまたこの分野でリーダーシップをとることを期待しています」
 「一方、日本自身がどれだけ温室効果ガス排出量を減らすことができるかについても、世界は関心を持っていると思います。そのため、世界の排出量削減に貢献すると同時に、日本自身の排出量も減らすという両面のバランスが必要になってくると思います」

―― 環境物品の貿易問題というと、EU市場で中国製太陽光パネルのダンピング問題が、日本では関心を持って報じられました。この問題をどのようにみていますか

 「中国とEUの太陽光パネルをめぐる問題は、太陽光発電をより拡大していくという観点というよりも、産業振興の論点から語られているのでしょう。EU 内には1800の太陽光発電関連企業があり、中国からの太陽光パネルの輸出攻勢を受けている一方で、太陽光発電に関する部品や製造装置、メンテナンスサービスを提供しています。こうした企業は中国をはじめとする海外市場から恩恵を受けています。ダンピングを是正するための賦課金(ダンピング防止税や補助金相殺関税)を中国製太陽光パネルに課すことが果たしていいことなのかどうか。EU は太陽電池に使われるポリシリコン(高純度の多結晶シリコン)や製造装置などを輸出しており、賦課金を課すことが、EU 自身の足元を撃つことになるのではないかと懸念しています。また、気候変動問題への対応という観点からは、太陽光パネルの価格上昇によってクリーンなエネルギーを生み出す太陽光発電設備の建設コストが上がるという懸念もあります」
 「太陽光発電分野は欧州内で多くの雇用を生み出しており、製造部門よりもメンテナンスなどサービス部門で約3倍もの多くの雇用を生み出しているという実態があります。今回の問題をみていく上で、太陽光発電のコスト上昇に伴う雇用への影響も重要な点だと思います。スウェーデンのシンクタンクによると、ダンピング防止税の賦課などEUがとっている貿易対抗措置対象の輸入価値の実に75%はこのクリーンエネルギー分野に関するもので占められており、その追加負担が、結局、欧州内のクリーンエネルギー市場のコスト上昇という形で跳ね返ってきています」

―― 日本企業がチャンスをものにするためのアドバイスと、それを後押しする日本政府へのアドバイスをいただけますか

 「日本企業の強みなどについても、まだ詳しくは把握していませんのでクリアなアドバイスは持ち合わせていませんが、加盟国に自由貿易交渉の場を提供するWTOにしても、二国間・地域間で自由貿易を行うことを目的としたFTA(自由貿易協定)にしても、日本政府がリーダーシップをとっています。ですので、日本の産業界は政府とより緊密に連携をとることが大切でしょう。政府と産業界が共同戦線を張ることが重要です。併せて、他国の産業界がどんな考えを持ち、どう動いているのかを見ながら、他国の産業界と連携することが大事だと思います。ICTSDは欧州産業界などと『SETI Alliance』という産業界の連携組織を立ち上げました。このアライアンスが交渉を勝ち抜いていく上での日本の産業界との連携のプラットホームになればと願っています」

インタビューを終えて
 インタビューを終えて 今回のインタビューでは、国際環境経済研究所の竹内純子理事と菊川人吾主席研究員にお世話になりました。竹内さんはエネルギー・環境の専門家として本誌読者にはおなじみですが、菊川さんはスイス・ジュネーブにある国際機関を相手に活躍されている方です。オルティーズICTSD所長の訪日をアレンジし、本誌インタビューにも同席していただき、いろいろ協力していただきました。
 日本の産業界の国際競争力を語る際、企業の製品や技術力に脚光が当たりがちですが、その陰には菊川さんのような方々のサポートがあることを今回のインタビューを通して垣間見ました。
 目下、国際舞台で汗を流している菊川さんですが、国内では能登和倉温泉などで有名な石川県七尾市の「ふるさと大使」も務めており、実に多彩な活動をしています。

(本田)

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