「電力自由化と再エネ導入が招く停電」‐避ける方法は?


国際環境経済研究所所長、常葉大学名誉教授

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 電力システム改革、即ち、小売り自由化、発送電分離のタイムスケジュールが具体化してきたことから、ソフトバンクを初めいくつかの企業が電力事業に関心を示している。事業者が増え消費者の選択肢が増えるのは良いことだが、その前提は競争力のある電気料金と安定的な電力供給が維持されることだ。
 英国などで先行している電力自由化の現状を見ると、消費者の選択肢は確かに増えたものの、電気料金と安定供給については疑問符だらけの状態になってきている。その理由は、自由化された市場では設備を作る企業が出てこなくなるためだ。
 自由化されると将来の電気料金がいくらになるか不透明になる。むろん、将来価格が不透明でも、自社の製品に競争力があれば当然事業者は事業を続ける。設備投資も行う。自動車であれ食品であれ、市場での将来の販売価格は不透明だが、自社製品に競争力があると信じる事業者は、将来の売値が分からないからという理由で事業を止めることはない。需要と供給の関係で市場が価格を決めるが、同様の製品であれば、自社製品と他社製品のコストに、大きな差があるはずもないから、市場に任せても、自社が赤字になる売値にはならない筈だ。
 ノーベル経済学賞を受賞し米国を代表する経済学者ポール・クルグーマン・プリンストン大学教授などは、市場に任せてはいけないものの一つに電気をあげている。理由の一つは電気のコスト構造のためだ。車とか食品とは異なり、電気を作るのには様々な方法があり、その方法によりコストは大きく異なる。水力、原子力では最初の設備投資額は大きいが、一旦設備ができれば維持費は殆ど必要ない。初期の設備投資額が、その後数十年間の発電コストを決定することになる。
 天然ガス、石炭などの化石燃料を利用する火力発電では、当初の投資額より発電時の化石燃料の価格がコストを決定する大きな要因だ。将来の化石燃料の価格を予想することは難しい。歴史的には石炭が相対的に安かったが、将来も安い保証はない。特に、2030年、40年のアジアの発電量の半分以上は石炭火力と予想されており、石炭への需要は大きく膨らむ。価格が安価に推移する保証はない。
 しかも石炭は天然ガスの1.8倍の二酸化炭素を排出する。気候変動問題から、石炭の使用に歯止めが掛かることも十分ありえる。米国では、石炭火力からの二酸化炭素を大幅に削減するとオバマ大統領が昨年提唱し、いま環境保護庁が具体案を策定中だ。新設火力については既に提案が行われており、案が採用されれば、今後、石炭火力の新設はほぼ不可能になる。米国の動きが世界に広がる可能性はなくもない。
 発電所は一度建設されれば、数十年は利用される。今後数十年間に亘り常に他の電源との比較で競争力があるかどうかは分からない。石炭火力は競争力がありそうだが、数十年間の保証はない。投資をしても収益が見通せない以上設備を新設する企業はない。発電設備の老朽化が進み閉鎖されても、代替する設備の新設はない。これが、自由化を行った英国、米国の一部州が直面している問題だ。
 再生可能エネルギーの導入が設備の新設をさらに妨げることになる。図‐1はドイツの石炭火力と天然ガス火力の収益性を示している。シェール革命のおかげで米国から余剰になった安い石炭が入ってくる石炭火力の収益は黒字だが、天然ガス火力は、赤字幅が段々拡大している。この赤字額拡大の理由は再エネ導入量の増大だ。ドイツの太陽光と風力の発電量の推移を示している図‐2の通り、再エネの発電量は増加している。
 しかし、再エネは当然だが、いつも発電できる訳ではない。風が吹かない時、日が陰った時に再エネに代わって発電するのはガス火力だ。再エネの発電量が増えれば、ガス火力の発電量は減少する。減少しても発電量はゼロにはならないので、電力会社はガス火力設備を維持する必要があり、固定費、人件費はかかる。図‐1のように、ガス火力の赤字が拡大する理由は再エネの発電量増のためだ。

 ドイツを初め再エネ導入量が増えた欧州諸国の電力会社は、採算が悪化したガス火力の閉鎖を続けている。民間企業である以上、赤字を出す設備を維持できないのは当然のことだ。
 やがて、発電設備は不足する。新設を行う企業はない。発電設備の新設のために英国政府は、設備を建設すれば一定額の支払いを保証する容量市場を導入する。再エネの増加によるバックアップの発電設備減に悩むドイツ政府も容量市場の導入を検討すると発表している。
 容量市場というのは、発電設備の収入を稼働率に関係なく保証する制度だ。総括原価主義と違うのは、設備が入札で選択されることだけだ。市場とは全く相いれない制度のもとで導入される再エネがもたらすのは、結局市場を利用した総括原価主義だ。設備の入札で勝つためには、環境性能などが劣る価格の安い設備が選択され、社会全体の費用が増えることもあるかもしれない。
 民間企業が競争市場で要求する収益率は、いまの総括原価主義で認められている報酬率より高いだろう。自由化の結果選択肢は増えるが電気料金は上昇し、英国のように、料金上昇を恐れる政府が料金の選択肢を絞ることを電力会社に要請することもあるかもしれない。
 設備の性能・採算性、再エネ導入による設備とコストへの影響、選択肢の重要性、等々自由化の前に検討すべきことは山のようにある。欧米の自由化の現状もよく調べたほうが良い。規制緩和すれば、自由化すれば問題が解決すると単純に考えるべきではない。