私的京都議定書始末記(その40)

-進まない非公式協議-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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カンクン交渉の「キモ」

 交渉2週目に入り、交渉のキモが明確になってきた。途上国は「カンクンで第二約束期間を設定せよ」と大合唱しているが、現実にはそれが不可能であることは誰の目にも明らかだった。先進国はコペンハーゲン合意に向けて2020年時点の削減目標を登録しているが、それを一定の約束期間全体をカバーする数量排出削減目標(QELROs: Quantified Emission Limitation and Reduction Objective)に変換する作業は進んでいなかった。約束期間の長さについても5年なのか8年なのかで合意ができていない。QELROsを計算するために必要となる次期約束期間始期の排出量を現実の排出量にするか、第一約束期間の目標排出量にするかといった点でも意見が対立していた。このため、第二約束期間に容認姿勢を示しているEUですら、京都議定書第二約束期間の附属書Bに書き込む数字の準備はできていなかった。何より、EUは「AWG-LCAにおいて京都議定書とパラレルな法的枠組みができること」を第二約束期間受け入れの条件としている。AWG-LCAの交渉成果が見えない中で第二約束期間を固めることは、さすがのEUでもできなかった。

 したがってカンクン第2週では、京都第二約束期間とAWG-LCAの交渉成果について、どの程度、先行きを予見させるような合意を導き出すのかを巡って熾烈な交渉が行われることになった。その際の大きな論点は、2つである。1つはCOP決定において、AWG-LCAの交渉成果の法的形式にどこまで踏み込むかということ。もう1つはコペンハーゲン合意で先進国、途上国が提出した緩和目標、緩和行動をCOP決定、CMP注1) 決定の中でどう位置づけるか、それによって京都第二約束期間をどの程度予見させるものにするか(あるいはそれを防ぐか)ということである。COP決定とは気候変動枠組み条約締約国会合決定のことであり、AWG-LCAの結論文書はここで採択される。CMP決定とは京都議定書締約国会合決定であり、AWG-KPの結論はここで採択される。

注1)
Conference of the Parties serving as Meeting of the Parties 京都議定書締約国会合

AWG-LCAの交渉成果の法的形式

 第1の点の争いはバリ行動計画まで遡る。AWG-LCAは「合意された成果(agreed outcome)を得る」ことが目的であるが、合意された成果が条約や議定書のような法的枠組みなのか、単なるCOP決定なのかは曖昧なままにされた。

 当時、自分たちに法的義務がかかることを恐れた中国やインドが強硬に「法的成果(legal outcome)」という文言に反対したからである。その後、2年にわたるAWG-LCAでの交渉を踏まえ、COP15でコペンハーゲン合意が留意された。カンクンでの大きな宿題が「留意」に終わったコペンハーゲン合意を正式なCOP決定にすることであるということは前に述べたとおりである。

 問題はコペンハーゲン合意をCOP決定にしてから先、何を目指すかということだ。EUはAWG-LCAでパラレルな法的枠組みができることを京都第二約束期間容認の条件とした。したがってカンクンでのCOP決定の中で、将来、法的枠組みを目指すというメッセージを盛り込むことにこだわっていた。AWG-LCAの交渉成果を法的枠組みにすべきという点では日本も同じ立場だが、違いは京都第二約束期間を容認しないということだ。AWG-LCAの交渉成果の法的形式については、途上国は一枚岩ではなかった。中国、インド等は引き続き、法的枠組みを予見させる表現には強く反対していた。他方、温暖化の被害を最も深刻に受けるAOSISやLDCは法的枠組みが必要であると主張していた。米国は法的枠組みそのものを否定はしないが、そのためには先進国と途上国の法的義務が厳格にパラレルなものであることが必要であり、それが確保されないまま、曖昧に「法的枠組み」と書くことには反対していた。したがって意図は違うが米国、中国、インド等は「法的枠組み」を予断させる表現に反対するという点で一致していたことになる。

各国の緩和目標・行動のアンカリング

 第2の点は、よりややこしい。コペンハーゲン合意に基づいて先進国は別表Ⅰに緩和目標を、途上国は別表Ⅱに緩和行動を登録していたが、いずれも留意に終わったコペンハーゲン合意の一部である。コペンハーゲン合意をCOP決定にするのと同時に、各国が登録した緩和目標・行動を国連の正式文書の形で「ピン止め」する必要がある。関係者はこれを「アンカリング(anchoring)」と呼んでいた。錨(anchor)を下ろしてしっかり固定し、そこから後退しないようにするという意味があったのだろう。問題はこれをCOP決定、CMP決定にどうアンカリングするかということだ。

 更に複雑なのはAWG-KPでは、京都議定書に参加している附属書Ⅰ国の中期目標を一覧表にまとめた文書(FCCC/KP/AWG/2010/INF2)ができていたことだ。専門的な話で恐縮だが、INFとは、Information の略語で、各国が発表した中期目標を、交渉や協議を抜きにした一次情報として蓄積したという趣旨である。日本の例の条件付き90年比▲25%目標もこの中に含まれている。仮にこの文書をCMP決定に添付されると、京都議定書に参加している附属書Ⅰ国の中期目標は京都議定書プロセスでアンカリングされることになる。京都議定書附属書BにQELROsを書き込むには至らなくとも、そのベースとなる数字を書き込み、京都第二約束期間設定に向けて大きく歩を進めたことを含意する。まさしく京都第二約束期間を強く予断させる表現であり、途上国はこの方向性を強く追及していた。他方、逆に日本やロシアやカナダのように京都第二約束期間に参加するつもりのない国々にとって、自国の中期目標が入ったAWG-KP文書がCMP決定に添付されることは、決して受け入れられるものではない。

エスピノーザ議長による非公式コンサルテーション

 以上の2つの論点はいずれも京都第二約束期間の取り扱いと直結した問題であるが、交渉全体を見れば他にも大きな論点がある。コペンハーゲン合意に盛り込まれた諸要素(先進国、途上国の緩和のMRVの方法、資金援助、技術援助、キャパシティビルディング、適応、共有のビジョン等)をどのようにCOP決定に書き込んでいくかということだ。

 このため、議長国メキシコは交渉2週目から、京都議定書とアンカリングについては英国とブラジル、緩和/MRVについてはニュージーランド、インドネシア、適応についてはスペインとアルジェリア、資金・技術・キャパシティビルディングについては豪州、バングラデシュ、共有のビジョンについてスウェーデン、グレナダを共同ファシリテーターに任命し、各交渉グループとの調整を命じた。前回書いた英国のヒューン大臣・ブラジルのマシャド局長のコンビと日本との議論もこのコンテクストの中で行われたものである。

エスピノーザ議長(左から2人目)による非公式コンサルテーション

 2週目半ばの12月8日午後にはメキシコのエスピノーザ外務大臣を議長とする40-50カ国から成る非公式コンサルテーションが開催され、各項目の共同ファシリテーターから調整状況の報告があった。予想されたことだがこの時点では議論は全く収斂していない。エスピノーザ議長はファシリテーターに対し、引き続き調整を継続し、深夜までにレポートバックすることを要請した。

 その時、私は「2週目の水曜日の午後の段階で、少人数によるドラフティングに入らず、このような大人数の協議をやっているようでは、合意は得られないのではないか」と思ったものだ。

 その日の午後6時頃から京都議定書・アンカリングの共同ファシリテーター(英国、ブラジル)と緩和/MRVの共同ファシリテーター(ニュージーランド、インドネシア)による合同の非公式協議が行われ、30カ国近くが参加した。

京都議定書・アンカリング、緩和/MRVに関する合同非公式協議

 この場でブラジルのマシャド局長から、COP決定、CMP決定に各国のプレッジをアンカリングする方法として以下の方針が説明された。その日の午後11時頃に再開された会合では、それを文書にした案が配布された。

CMP決定:
京都議定書附属書Ⅰ国の中期目標をまとめた既存のAWG-KPのINFドキュメント(FCCC/KP/AWG/2010/INF2)をテークノート
COP決定:
先進国のうち、京都議定書附属書Ⅰ国については、上記のINFドキュメントを、米国についてはAWG-LCAで新たに作成する別途のINF ドキュメントX(FCCC/LCA/AWG/2010/INF X)をテークノート。途上国については、AWG-LCAで新たに作成するINFドキュメントY(FCCC/LCA/AWG/2010/INF Y)をテークノート

 これは先進国を京都議定書に参加している附属書Ⅰ国と米国とに分断し、京都議定書に参加している附属書Ⅰ国については、AWG-KPのドキュメントに基づき、その中期目標を京都プロセスにアンカーしようという案に他ならない。日本にとって最も受け入れられない案だった。

 日本は直ちに発言を求め、「コペンハーゲン合意で提出された先進国、途上国の緩和目標、緩和行動を一つの INF ドキュメントにまとめ、それをCOP決定、CMP決定両方でテークノートすべきだ。現在のような案ではCMP決定でテークノートされるAWG-KPのINF ドキュメントから日本を削除するしかない」と述べた。

 他方、途上国からは「そもそも第二約束期間を設定することがカンクンの不可欠の成果である。先進国のこれまでのプレッジは野心のレベルが足りない。野心を引き上げない限り、途上国の緩和行動をテークノートすることは認められない」といった発言が相次いだ。このような原則論がまかり通っている間は、とても実質合意などできる状況ではない。

 深夜12時からエスピノーザ議長主催の非公式コンサルテーションが再度開催され、各共同ファシリテーターからのレポートバックが行われたが、事態の進展はほとんどなかった。エスピノーザ議長は「9日朝9時に再度レポートバックを求めるので引き続き作業してほしい」と要請した。しかし京都議定書・アンカリングの共同ファシリテーターであるヒューン大臣は「今晩、これ以上作業しても進展は見込めない。明朝作業して昼までにレポートバックする」と発言した。こうして2週目の水曜日はほとんど進展のないままに明けることとなった。残された日数は2日間である。

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