気候変動問題で中国の取り組みに注目
温室効果ガス80%削減の英気候変動法は改正も
竹内 純子
国際環境経済研究所理事・主席研究員
(「月刊ビジネスアイ エネコ」2014年1月号からの転載)
英国で長年、エネルギー・環境政策の立案に関わり、日本のエネルギー事情にも詳しい元英国議会科学技術局事務局長、デビッド・R・コープ氏(67)が2013年秋に来日し、本誌のインタビューに応じてくれた。12月号では日英のエネルギー政策に関するコープ氏の見解を紹介。本号では気候変動問題に関する見解を聞いた。
(インタビュアー・国際環境経済研究所理事 竹内純子)
David R. Cope(デビッド・R・コープ) 元英国議会科学技術局事務局長 (ケンブリッジ大学クレアホール終身メンバー) 1946 年6 月7日生まれ。ケンブリッジ大学卒、ロンドン大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修了。国際エネルギー機関(IEA)環境課長、ケンブリッジ大学経済・環境開発環境所所長、英国中央電力庁環境開発諮問委員会メンバー、同志社大学教授などを歴任した。1998 ~2012 年まで英国議会科学技術局事務局長を務め、議会の科学技術関係の政策立案をサポートした。環境・エネルギー分野で日英間の交流促進に貢献した功績が認められ、2012年に旭日小綬章を受章。 |
―― エネルギー政策を決める上で重要な要素の一つが温暖化対策です。英国は気候変動法を定めていますが、コープ博士のこの法律に対する評価は
「気候変動法は前の労働党政権時代に導入されました。労働党は現在野党になっていて、導入を推進した人物は労働党の党首になっており、この法律を修正すべきではないかという議論がすでにたくさん起きています。民主主義の原則として、どのような議会も次の議会が行うことを制限することはできません。例えば、私が今、政権の座に就いたとして、英国はいかなるときも未来永劫、これをしなくてはいけないということを定めた法律を通すことはできません。どのような政府でも、それまでの政権がやったことを覆す権利はあります。メディアは気候変動法で定めた温室効果ガスの削減目標について『決まったことだから、絶対やらなくてはいけない』と過剰な報道をしていますが、それは正しいことではありません。2015 年の総選挙後には気候変動法が改正される可能性が高いと、私はみています」
※気候変動法=英国で2008年に成立した法律。2050年までに温室効果ガス排出量を1990 年比で80% 削減することを定めている。現労働党党首のエド・ミリバンド氏がエネルギー・気候変動大臣時代に法律制定を進めた
―― IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第5次評価報告書第1作業部会報告書が2013年9 月に発表されました。IPCCについて英国でいろいろ議論があるそうですね
「実は英国では、(気候変動問題について最新の科学的知見を集める)IPCCのプロセスを見直すべきではないかという議論があり、英国の科学誌には次のような論調が載りました。科学も大切だが、政策面でどのように前進するかに重きを置かなくてはいけない。市民の期待に応えられる政策を打ち出していくことが大切だと」
「気候変動問題をめぐっては、地球全体の平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃未満に抑えるとの目標が掲げられていますが、これを達成するのは難しいでしょう。二酸化炭素(CO2)の濃度が高止まりしているうちに、2℃は突破してしまうと思います」
―― 国連気候変動交渉では、全ての主要国が参加する枠組みの構築を目指しています。新しい枠組みについてコープ博士の考えは
「英国政府は、すべての主要国が参加できるような枠組みを支持するでしょう。ただ最近、英国の財務大臣が次のような発言をしています。『私たちは気候変動問題に対処しなくてはいけない。しかし、英国だけが他国のかなり先を走るようなことはできない』と。英国には、他国より突出して温暖化対策を進める経済的余裕はないからです。すべての主要国が自発的に目標を定め、排出削減に取り組む際に注目されるのは、中国と米国、特に(世界最大の排出国である)中国がどのような姿勢を示すかということだと思います」
「一部の人たちは、気候変動に今、対処して温室効果ガス排出量を削減しなければ、削減するためのコストよりも大きなコストを将来払うことになると主張しています。干ばつや洪水、海面上昇などに直面してからの対応コストを考えると、今削減した方が安く済むというわけですが、そうした考えが支持されることは期待できないと思います」
―― 米国について注目している点はありますか
「米国の気候変動政策についてはこれから詳しく調べていきますが、現時点で申し上げられるのは、オバマ米大統領が任期の後半に差し掛かってきて、一つか二つぐらいは政治的に人気がない政策も実行できるだろうということです。米大統領に三選はありませんので、次の選挙を心配する必要がないからです。そして政治的に人気のない政策の一つが気候変動政策といえるかと思います」
「オバマ大統領が気候変動政策を実施するには条件があります。米国の国民が、打ち出した政策をオバマ大統領個人の政策とみなしてくれることです。政策が強く批判されても、それはオバマ大統領がやったことで、責任は大統領個人にあるとみてもらえれば、民主党には影響が及びません。一方、それが民主党の政策とみなされるとしたら、リスクがあります。次の大統領選で、野党の共和党が、民主党の大統領候補と気候変動政策を結びつけて攻撃の標的にしてしまう可能性があるからです。気候変動政策が大統領個人の政策とみなされるのか、それとも民主党の政策とみなされるのかによって、気候変動政策ができるかどうか決まってくると考えます。そのあたりは非常に興味深いです」
―― 欧州排出権取引制度(EUETS)についてどのような見解を持っていますか
「市場原理を取り入れたETSの仕組みには賛成ですが、その効果が少し弱まっています。原因としては、この制度を導入した際、企業に多めの排出枠(クレジット)を配分してしまったことがあると思います。実際の排出量を上回る排出枠が割り当てられれば、余剰排出枠が多く発生し、需給バランスが崩れてしまいます。また、ETSに対して一部から批判的な声があがっていますが、それは環境ロビー団体のロビーイストが取引価格に不満を持っていたり、企業が排出権の買い取り価格を低すぎると感じていたりするからだと思います」