オバマ政権の環境・エネルギー政策(その17)
石炭を巡る攻防
前田 一郎
環境政策アナリスト
上院ケリー議員の提出法案廃案へ
上院では2009年10月、のボクサー環境公共事業委員長とケリー議員が起草した「Clean Energy Jobs And American Power Act」(通称はケリー・ボクサー法案)が提出された。下院を7月に通過したワックスマン・マーキー法案をある程度下敷きにしたものだが、温室効果ガス排出量の削減についてはさらに踏み込み、20%削減としている。
同法案では、2012年からキャップ&トレード型の排出量取引制度を導入し、規制対象部門の温暖化ガス排出量を2020年に2005年比で20%、2050年に83%削減するとした。米国全体の削減目標も同じ値で、規制対象部門の2020年目標を同17%減とした下院法案よりもやや厳しい内容となっている。一方で原子力発電の推進や石炭・天然ガス火力の環境負荷低減技術開発への支援も盛り込んだ。
2012年から発電事業者や石油精製・輸入事業者などが排出量取引の対象になり、2014年からその他の「特定産業」に、2016年から地方の天然ガス供給会社を含める。排出量削減に使うクレジットは20億トンの利用を上限とし、その4分の3を国内クレジット、4分の1を海外クレジットとするとしている。クレジット価格の高騰防止へ一定量を備蓄しておき、価格がある水準に達したら放出し、価格を安定化(上下価格制限を設ける)する仕組みも採用する。
再生可能エネルギーへの投資を進める一方、原子力発電については従業員のトレーニング、安全性改善、寿命延長、研究開発の促進などが盛り込まれているが、インセンティブに乏しいと産業界側は不満であった。一方で、石炭・天然ガス火力は環境負荷低減技術の開発を加速し、特にCCS技術に10年で計100億ドル(約8900億円)を投資するとしている。
この法案は、オバマ大統領の提案した医療保険改革案審議との関係で環境・公共工事委員会は通過したものの上院本会議での本会議議決に至らず審議は未了のまま廃案となった。2009年にワックスマン・マーキー法案を通したが、上院ではケリー・ボクサー法案の可決ができなかった米国オバマ大統領は、結果的には2009年12月デンマークのコペンハーゲンで開催されたCOP15に、まったくの徒手空拳で参加をせざるを得なかった。
COP15における米国の動き
2009年コペンハーゲンで開催されたCOP15ではいわゆるコペンハーゲン合意が採択に至らず「留意」(take note)にとどまることで閉会した。コペンハーゲン合意は、下記から成り立つ。
- ○
- 長期目標
- 世界全体の気温上昇が2℃を超えないようにすべきであるとの科学的見解を認識し、長期の協力的行動を強化
- ○
- 先進国の緩和行動
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- 2020年における国別、全体の排出削減目標の実施を約束
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- 2010年1月31日までに国別の排出目標を事務局に提出
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- 京都議定書締約国は京都議定書によって開始された排出削減を強化
- ○
- 途上国の緩和行動
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- 緩和行動を実施
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- 2010年1月31日までに緩和行動を事務局に提出
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- 支援を受ける緩和行動についてはCOPによるガイドラインに従い国際的なMRV(測定、報告、検証)の対象。その他は国内的なMRVの対象。
(国際的な協議および分析を受ける形で、行動の実施に関する情報を報告)
COP15は世界のトップを集めるという会議であったものの、波乱含みで開幕・推移した。直前に英国イーストアングリア大学気候研究ユニットで電子メールが漏洩して気候変動にとって不都合なデータの隠蔽が明らかになった(クライメートゲート事件)こともあったり、デンマーク政府の勇み足(合意案の英紙ガーディアンへのリーク)などがあったりし、ゴシップが続いた。第二週木曜日にクリスチャンボー宮殿でのマルグレーテ2世主催のディナーの後、EU(メルケル首相他)の提案で合意案に関する26ケ国首脳会議が開かれた。米国クリントン国務長官、サルコジ大統領、メルケル首相、メドベージェフ大統領、鳩山首相(杉山審議官同席)、中国は於慶泰大使のみ。中国は途上国への責任が言及されていることに終始徹底的に反対しサルコジ、メドベージェフ、カルデロン「なぜ首脳会議なのに、首脳でもない中国の、たった一人の意見をここまで聞かねばならないのか」と苦言を呈した。翌金曜日オバマ大統領が到着し、スピーチの後、夕方からのBASIC(ブラジルルラ大統領、南アズマ大統領、インドシン首相、中国温家宝首相)の協議にオバマ大統領が飛び入り参加。いったんは最終バージョン一歩手前の政治合意文書(2050年50%、先進国80%削減条項が入る)を合意。その後、20:30、日、英、仏、独、露の首脳が入る。二つの特別作業部会(AWG-LCA、AWG-KP)決議文交渉では、日本がAWG-LCA決議文書にlegally binding instrumentの作成を求める旨の文言を入れようと提案したが、インドの反対で盛り込まれず、その代わりAWG-LCAのmandateを1年延長することは決まった。その後、オバマ大統領は短いコペンハーゲン訪問を終え、夜帰国した。その後深夜から早朝にかけてのやりとりは周知のとおり、結果的にデンマーク首相(議長)への不信から合意案は成立せず、諦めかけたところ英国からの提案により「take note」というぎりぎりの決着となった。
オバマ大統領は、多くの期待を持ってコペンハーゲンに来たかどうか?少なくとも国際的には米国内の法案が少なくとも下院を通過しており、本人もきわめて強く気候変動問題を推進すると言っていた。しかしながら条約締結の義務を伴う国際的合意にはオバマ大統領としては慎重にならざるを得なかったろう。国際条約の批准をする米国の上院であることから、上院がリーバーマン・ウォーナー法案、ケリー・ボクサー法案を審議するについて大変大きな経済的・貿易的課題があることが明らかになっていた。少なくとも国際社会の見方と米国国内からの見方には齟齬があった。このとき以来オバマ政権は条約を伴う国際合意に訴えることはなく、行政府での対応で行えるもののみの枠組みで進めることになったように見受けられる。
仮にCOP15においてポスト京都議定書の枠組みに関する合意がまとまったとしても、批准には、条約批准の権利がある上院において3分の2の賛成が必要となる。これは大変高いハードルである。現状の議会の勢力ではほとんど批准は不可能とみてよい。国連気候変動交渉は実は米国の議会の与党の多寡に依存していると言ってよいのは京都議定書の批准になんらの働きかけを行わなかったクリントンとゴア、大統領副大統領コンビのことを思い出せば明確である。