私的京都議定書始末記(その30)

-コペンハーゲン(2)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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首脳プロセス

 12月16日の水曜日から110カ国を超える各国首脳が続々とコペンハーゲン入りし始め、会場の警備も急にものものしくなった。16日にはハイレベルセグメントが始まり、デンマークのラスムセン首相がCOP議長を引き継ぎ、COP15が首脳レベル会合に格上げされた。

デボアUNFCCC事務局長(左)パンキムン国連事務総長(中央)ラスムセンデンマーク首相(右)

 しかしながら、会議の出席レベルが首脳級に格上げされても、交渉の方は膠着状態であった。AWG-LCAとAWG-KPで交渉してきたテキストは前の週末に両AWG議長から新たなテキストが提示されたが、更に途上国寄りのものになっており、先進国にとって全く受け入れ不能なものであり、交渉ベースにはなり得ないものだった。前回書いたようにヘデゴー議長はデンマークの議長テキストを出すタイミングを逸し、交渉官レベルの不毛な交渉が水曜日になっていても続いていた。米国、豪州、日本等を含むアンブレラグループやEUはデンマークに対して少人数会合の開催を働きかけたが、途上国の批判を恐れ、デンマークの腰はぐらついていた。これはCOP議長をラスムセン首相が引き継いだ後も同じであった。アンブレラグループ内で情勢分析をすると、デンマークの采配に対する不満が噴出した。金曜日が最終日なのに水曜日の段階でこの有様である。COP15は失敗に終わるのではないかとの見方が関係者の間で広がった。

 115ヶ国もの首脳が一つの都市に集まるのはニューヨークの国連総会を除けばこれが初めてだという。会場を歩いていると、テレビで見慣れた各国首脳の顔に出くわすことがよくあり、代表団内では「オバマ大統領を見たよ」「サルコジ大統領とすれ違った」といった会話が飛び交った。代表団内でも鳩山首相に対する状況のブリーフィングが行われた。COPに日本の首脳が参加するのは日本がホスト国となったCOP3以来のことであろう。鳩山首相は小沢大臣及び交渉団幹部からの説明を、大きな目を見開いて黙って聞いていたが、私の粗雑な頭脳では彼が何を考えているのかは窺えなかった。日本は条件付で90年比25%削減目標を出しており、更に「鳩山イニシアティブ」として2009-2012年の3年間で150億ドルに及ぶ資金援助を打ち出していた。これは早期資金といわれる3年間の先進国全体の資金援助規模300億ドルの半分を占める金額である。これによって国際交渉にモメンタムを与えるという狙いであったが、どう考えてもそうした効果を生んでいるとは思えなかった(事実、3年後、ドーハのCOP18で途上国から先進国からの早期資金に対する感謝や評価の声が全くなかったことがその証左である)。 

 しかし、17日夕方あたりからにわかに動きが出始めた。首脳レベルの少数国会合が開かれるという。誰がどのようにこのプロセスを提案したのかは見えなかったが、「自分を含め、これだけ多くの首脳を集めておいて、『失敗でした』というわけにはいかない。」というオバマ大統領、メルケル首相等の強いイニシアティブが働いたといわれている。会場の一角の階段を上がった小部屋に30名弱の首脳が集まることになった。日本もその中に入ることとなり、鳩山首相は会議室に向かった。会場に向かう鳩山首相を囲む大臣、副大臣、政務官、事務方幹部、プレスの人の波は尋常ではなかった。まさしく大名行列であり、数名を連れて会場内を闊歩する他国の首脳と比較すると非常に目立つ存在であったろう。

 鳩山首相と共に首脳レベル交渉に入ったのは杉山晋輔外務省地球規模課題審議官である。小沢環境大臣を含め交渉団は日本政府代表団室でひたすら待っていた。どうなっているだろうかと階段の下まで行ってみると、人がたくさん集まっているが、階段自体は警備でがっちり固められていた。鳩山首相は確か途中で小部屋を出てきたと記憶している。17日の深夜、疲弊した顔の杉山審議官が戻ってきて鳩山首相、小沢環境相に交渉状況の中間報告を行った。少数国の首脳レベルで「コペンハーゲン合意」なる文書を作成しているという。

 少数国会合に参加したのは、議長国デンマーク、米国、日本、豪州、英国、フランス、ドイツ、スペイン、スウェーデン、欧州委員会、ノルウェー、ロシア、韓国、メキシコ、中国、インド、南ア、インド、アルジェリア(アフリカ代表)、レソト(最貧国代表)、バングラディシュ、グレナダ(島嶼国代表)、モルディブ、コロンビア、インドネシア、サウジアラビアの26ヶ国・機関であった。主要排出国に加え、島嶼国、アフリカ、最貧国代表も加え、バランスに配慮した構成になっている。首脳レベル調整の模様は、自分自身が入っていないので窺い知ることはできないが、通常の首脳会合では事務方が作成した文書を承認するものだが、今回の場合は首脳自身がドラフトを行うという異例中の異例の展開となった。中でもオバマ大統領は精力的に各国首脳に働きかけ、文言調整をやっていたという。このプロセスにおける米国の存在感は大きかった。オバマ大統領と中国、インド、南ア、ブラジル首脳の膝詰め交渉の写真も有名になった。

米国と中国、インド、ブラジル、南アの首相協議

 コペンハーゲン合意は18日の金曜日も引き続き少人数首脳会合で交渉され、19日土曜日未明に参加首脳間の合意が成立した。その具体的内容と気候変動交渉における意義、そして圧倒的多数の支持にもかかわらず、コペンハーゲン合意が採択ではなく、留意に終わってしまった顛末については次回に譲りたい。

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