IPCC 第5 次評価報告書批判
-「科学的根拠を疑う」(その3)

第5次報告書の信頼性を失わせる海面水位上昇幅予測計算値の間違い


東京工業大学名誉教授

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 地球温暖化が「人間活動の結果排出される温室効果ガス(主体は二酸化炭素なので、二酸化炭素のみの場合を含めて、以下CO2と略記)に起因するとした「温暖化のCO2原因説」に自然科学的根拠を与えることを目的としたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第5次評価報告書第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の内容概要が公表された。この第5次評価報告書(以下第5次報告書)の内容として国内で公表された報道発表資料、および政策決定者向け要約(気象庁暫定訳)(以下、両資料を合わせて第5次資料と略記、文献3-1 )を基に、この報告書の主張の妥当性について、科学的・定量的な検討、解析を試みた。
 先の本稿「その1」では、今世紀末の地球地上気温上昇幅の値を決めるとされている累積CO2排出量の値が、地球上の化石燃料資源量により大きく制約を受けて、温暖化が、IPCCが主張するような厳しい脅威にはならないであろうことを指摘した。次いで、本稿「その2」では、IPCCによる温暖化のCO2原因説自体に科学的な根拠が与えられないことを示した。この本稿「その3 」では、第5次報告書に示された地球温度の上昇の結果として起こる今世紀末の海面水位の上昇幅の予測計算値が6年前の第4次報告書(文献3-2 )の値に比べ余りにも大きな違いが存在し、この第5次報告書の値には大きな計算間違いがあることが見落とされたまま記載されているとせざるを得ないことを指摘する。

第5次と第4次報告書での海面水位上昇幅予測値の大きな違いが、説明なしに放置されている

 地球温暖化のもたらす最大の脅威は、地球上の海面水位の上昇だとされているようである。したがって、地球温暖化問題が取り上げられた当初から、この海面水位の上昇幅の値に大きな関心が寄せられてきた。海面水位の上昇は、世界の地上気温の上昇による氷河の減少、グリーンランドや南極大陸などの陸氷の溶解、さらには海水温度の上昇に伴う熱膨張などの結果として起こる。
 第5次資料(文献3-1 )から、気候シミュレーションモデルによる予測計算結果として与えられた、地球温暖化に影響を与えるとされるCO2排出のRCPシナリオ(本稿「その1」参照)別の今世紀中頃および今世紀末の世界平均地上気温上昇幅と世界平均海面水位上昇幅の関係を表3-1に示した。この表3-1 のデータから、地上気温上昇と海面水位上昇の関係をプロットしてみたのが図3-1である。

表3-1 第5次報告書におけるCO2排出のRCPシナリオ別の21世紀中頃(2046 ~ 2065 年)と
21世紀末(2081 ~ 2100年)における世界平均地上気温上昇幅と世界平均海面水位上昇幅の
変化予測値(1986 ~ 2005 年の平均に対する偏差)

(第5次資料(文献3-1 )のデータを基に作成)

注 :
 
*1 :
シナリオ名は第5次資料(文献3-1 )から
*2 :
カッコ内数値は最大値と最小値の算術平均値

①、②、③、④ は、それぞれシナリオ別に、① RCP 2.6、② RCP4.5、③ RCP 6.0、④ RCP8.5
図 3-1 第5次報告書におけるCO2排出RCPシナリオ別の世界平均地上気温上昇幅と
世界平均海面水位上昇幅の予測値の関係、1998 ~ 2005 年を基準にした21世紀中頃(2046 ~ 2065年)と21世紀末(2081 ~ 2100年) の値 
(表3-1のデータを基に作成)

 世界の平均海面水位の上昇は、地上気温上昇と直接的な関係があると考えられるので、この図3-1に示す両者の関係は、CO2排出量の年次変化経路の違うRCPシナリオ別の影響を受けない一本の直線で表されるはずだと予想したが、そうはなっていない。特に不可解なのは、今世紀中頃(2045 ~ 2065 年)の値を示す直線群と今世紀末(2081 ~ 2100年)の値を示す直線群の両者が、それぞれについての気温上昇幅と海面水位上昇幅の大凡の関係を示すために描いた図中の二本の直線に見られるように大きくかけ離れていることである。
 この第5次報告書の6年前に発表された第4次報告書にも今世紀末の(2090 ~ 2099 年)の同様のデータの記載があるので、これを表3-2に示すとともに、地上気温と海面水位のそれぞれの城主幅の予測値の関係を図3-2 に示した。

表 3-2 第4次報告書における今世紀末(2090 ~ 2099年)の
世界平均地上気温上昇幅と世界平均海面水位の
上昇幅(1980 ~ 1999年を基準とした値)

(第4 次報告書(文献3-2 )のデータを基に作成)

注 :
 
*1 :
シナリオ名は第4次報告書(文献3-2 )から
*2 :
カッコ内数値は最大値と最小値の算術平均値

①~⑥は、それぞれ、シナリオ別に、①B1、②AIT、③B2、④A1B、⑤A2、⑥A1R
図 3-2 第4次報告書における今世紀末(2090 ~ 2099年)の
地上気温上昇幅と海面水位上昇幅の予測値の関係

(表3-2 のデータを基に作成)

 図3-2 に見られるように、第4次報告書のデータについても、CO2排出シナリオ(第5次報告書とは異なったシナリオが用いられている)別の地上気温上昇幅と海面水位上昇幅の関係が、図3-1 に較べてシナリオ別の変異は少なく見える。しかし、ここで問題になるのは、この第4次報告書の今世紀末の同じ地上気温上昇幅の値に対する海面水位上昇幅の値が、図3-1に示す第5次報告書の今世紀末の値に比べて、大幅に小さい値をとることである。

第5次報告書の信頼性を失わせる海面水位上昇幅予測計算値の間違い

 本稿のはじめに述べたように、世界平均海面水位の上昇は、世界平均地上気温の上昇の結果起こるはずなので、同じ地上平均温度の上昇幅の値に対する海面水位上昇の値は、今世紀中頃と今世紀末とで、多少の違いがあってもよいが、上記の図3-1に見られるような大幅な違いがあるとは考えにくい。それだけではない、同じ今世紀末の値であれば、同じ地上気温の上昇幅の値に対する海面水位上昇幅の値に、図3-1と図3-2に見られるような大きな差は到底考え難い。
 そこで、この不可解な予測計算結果の妥当性を検証するために、表3-1 に示す第5次報告書のデータと、表3-2 に示す第4次報告書のデータから、各シナリオ別の地上気温上昇幅と海面水位上昇幅、それぞれの最大値と最小値の算術平均値をとって両者の関係をプロットして、それぞれ、「第5次報告書」、「第4次報告書」の曲線として、図3-3に示した。

注 :
第5次報告書の予測計算値は1998 ~2005年を、第4 次報告書の値は1980~1999年を
それぞれ基準にした値である。第5次報告書の観測データからの値としては、
1971~2010年、1993~2010年,1901~2010年の3期間の観測値をプロットした。

図 3-3 地上気温上昇幅と海面水位上昇幅の予測計算値の関係についての第5次報告書および
第4次報告書データの比較、第5次報告書の観測データも加えた

(第5次資料(文献3-1 )および第4次報告書(文献3-2 )のデータを基に作成)

 先ず、問題になるのは、先に述べたように、この図3-3に示す「第5次報告書」の曲線が、今世紀中頃(2046 ~ 2065 年)と今世紀末(2081 ~2100年)とで、全くつながらない2本の曲線で表されていることである。これは、科学の常識では考えることができないことである。次いで、今世紀末(2090 ~ 2099 年)の予測計算値を示した「第4次報告書」の曲線が、「第5次報告書」の今世紀中頃(2046 ~ 2065年)の曲線の延長線上にあると見てよいことである。さらに、第5次資料(文献3-1)から、1901~2012年の間の海面水位上昇の観測結果の数値と本稿「その2」の図2-4に示す平均地上気温上昇のデータを使って求めた平均海面水位の上昇幅と平均地上気温上昇幅の関係をプロットしてみたのが、「1901~2010年の観測データから」として示した曲線であるが、何と、この曲線もほぼ「第4次報告書」(2090 ~ 2099)の予測計算値の曲線の延長線上にあると見てよさそうなことである。
 以上、この図3-3 から、「第5次報告書」(2081~2100年」の海面水位の予測計算値には何か大きな計算間違いがあるのではないかと推測せざるを得ない。今回の第5次報告書の作成に当たった担当者が、先ず、表3-1 のデータについて、図3-1や図3-3に示すようなプロットを行ってみれば、これはおかしいと気付いたはずである。また、この間違いは、第5次報告書と第4次報告書の予測計算結果の比較を行っていても、容易に見出せたと思う。いや、もし、そうではなく、今回の第5次報告書の予測計算値に誤りがなく、この図3-3 に示した一見不可解な予測計算結果の原因が科学的に説明できるのであれば、どうしてこのような不可解なことが起こるのかを報告書の中にきちんと記述すべきである。それなしに、この図3-3 に示した不可解が放置されたことは、その影響力の大きさを考える時に、先のクライメートゲート事件に匹敵する第5 次報告書自体の信頼性を失わせる大きな問題だと言わざるを得ない。

 以下、次回は、次のように、本稿をまとめる。
 (その4)IPCCの呪詛からの脱却が資源を持たない日本が生き残る途である

<引用文献>

3-1.
文部科学省、経済産業省、気象庁、環境省:気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書、第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について、報道発表資料、平成25 年9 月27 日
気象庁暫定訳:IPCC第5次評価報告書 気候変動2013、自然科学的根拠、政策決定者向け要約(2013年10月17日版)
3-2.
気候変動2007 :IPCC第4次評価報告書総合報告書政策決定者向け要約(文部科学省、気象庁、環境省、経済産業省 翻訳)

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