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私的京都議定書始末記(その26)

-中期目標をボンで発表-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授


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AWG-KPとAWG-LCAで発表

 2009年6月10日、ボンで日本代表団の雰囲気は慌しかった。この日、半年以上に及ぶ中期木曜検討会の議論を踏まえ、麻生総理がついに中期目標を発表したのだ。発表された中期目標はオプション3(2005年14%減)に太陽光発電等の大胆な導入等により削減幅を更に1%上乗せしたものであった。日本政府代表団としては、これを交渉の場で発表せねばならない。AWG-LCA、AWG-KP双方で同時に発表することとし、AWG-LCAでは古屋地球環境大使が、AWG-KPでは私がその役を果たすことになった。

 我々の気持ちとしては、今回の中期目標はあくまで全ての主要国が参加する枠組みを交渉しているAWG-LCAでのみ発表することとしたかったが、ポズナンのAWG-KPの結論文書の中に中期目標を2009年春までに発表することが盛り込まれており、AWG-KPでも発表しないわけにはいかなかった。せめてものとこだわりはAWG-LCAで先に発表し、AWG-KPで続いて発表することにより、AWG-LCA重視の姿勢を示すことであったが、残念ながらAWG-LCAで先進国の緩和を議論するセッションはAWG-KPのナンバーグループよりも後だったため、結果的に私がAWGで最初に日本の中期目標を発表することとなった。

AWG-KPでの発表

 日本が6月10日に目標を発表すること、その水準は2005年比14%程度であるということは既に交渉関係者の知れるところとなっており、ナンバーグループに出席すると、最初から「日本から発表があるんだろう」という視線を感じた。私はJAPANと書いてある札を立て、発言を求めた。ナンバーグループのボランスキー議長は待ってましたとばかり、日本を指名した。東京から送られてきた発言要領に基づき、中期目標の検討経緯と2005年比15%減という目標について発言を行った。「本当はここで発表すべき数字じゃないんだ」と思いつつ、である。
 
 日本の発言が終わると、すかさず南アのアルフ・ウィリス交渉官が発言を求め、「2005年比15%減を90年比で表現するとどうなるか」と「核心を突いた」質問をしてきた。「90年比8%減である」と答えると会場に笑いが漏れた。「京都議定書第1約束期間の90年比6%減をわずかに上回るだけではないか」というわけである。私からは続いて「この目標は真水(clear blue water)であり、国内削減分のみをカウントしたものである。京都メカニズムや森林吸収源の数字は一切含んでいない。したがって京都議定書の目標と比較する場合、比較すべき数字は90年比0.6%減である」と説明した。インドのゴッシュ博士からは数字の積算根拠その他について技術的な質問があった。しかし6月10日に発表されたばかりであるため、麻生総理の記者発表の英訳以外、積算根拠等のバックグラウンド資料が整っていなかったので、次回8月のAWGで説明するということにした。

中期目標への反応

 中期目標発表以降、代表団は手分けをして主要国のコメントを手当たり次第に聞いていった。私もAWG-KPのカウンターパートを中心に取材をした。総じていえば、「日本が中期目標を発表したことは歓迎。しかし野心のレベルがまだ足りない」ということであろう。普段、AWG-KPでやり合っているインドのゴッシュ博士やブラジルのミゲス交渉官のところに会合開始前にふらりと立ち寄り、「日本の目標は積み上げできっちり計算した真面目な検討成果なんだよ」と説明すると、会場で見せるのとは別な顔で「日本が真面目に検討したことはよくわかっているよ」という答が返ってきた。「日本人は真面目である」という評価はこんなところでも力を発揮していたようだ。

 意外な収穫は、数字の大小はともかく、「真水目標」というアプローチが途上国から高い評価を受けたことだ。ナンバーグループでは既に中期目標を発表したEU等の先進国に対し、途上国が、国内削減分と森林吸収源、京都メカニズムの分の内訳を執拗に求めることが常態化していた。「一見、野心的に見える数字であっても中身は水増しではないか」というわけである。途上国のロジックは「先進国は国内削減分を明確に目標としてかかげるべきであり、CDMクレジットによる削減分は途上国の緩和努力とのダブルカウントである」というものであった。この途上国からの詰めに対して国内分と海外分をはっきり区分けして説明できた国はEUを含め、どこもなかった。一つには森林吸収源の計測ルールや、京都メカニズムのルールの見直し、新メカニズムの検討等が交渉途上にあったこともある。いずれにせよ、真水のみという日本の目標は先進国の目標の中では異彩を放つものであり、「正直で透明だ」という評価を受けたようだ。事実、南アのウィリス交渉官はプレスからの取材に対し、「日本の目標は野心の度合いがまだまだ足りないが、国内削減分のみをカウントした真水の目標は透明性の高いものである」というコメントをしていた。彼はAWG-KPの後、「プレスからの質問にこんな風に答えたよ」とテキストメッセージを送ってくれた。休憩時間にタバコを一緒に吸っていると、こんなところで思わぬ収穫があるものだ。

 日本の目標を最も声高に批判したのは環境NGOであろう。中期目標が発表されると麻生首相とブッシュ前大統領の顔写真を半分ずつ合成した「ジョージW麻生」なるポスターをかかげ日本に化石大賞を贈呈した。「90年比25%減をかかげなかったのがけしからん」ということだろう。

日本に化石大賞を授与する環境NGO

 6月のAWGでは中期目標の根拠を詳細に説明するだけの資料がなかったが、8月のAWGにはいろいろなバックグラウンド資料を持って説明に臨んだ。途上国から色々な詰めはあったが、中期目標検討委員会で相当詳細な分析を行った成果でもあり、少なくとも数字の中身についてサブスタンスを伴う説明は出来たと思う。また先進国唯一の真水目標ということもあり、AWG-KPで途上国が「90年比20%~30%と一見、IPCCの25-40%を重視しているように見せつつも、その実はオフセット込みではないか。25-40%という数字は真水のはずだ」といってEUを攻め立てるのを眺める余裕もあった。

 しかし、2005年比15%減という目標の寿命は短かった。8月の総選挙の結果、政権交代が決まり、温室効果ガス目標についてもこれまでの議論が吹っ飛んでしまう変更が生じたからである。

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