私的京都議定書始末記(その22)

-AWG-KPとはどんな場か(2)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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先進国の交渉官達

 対する先進国の交渉官達を見てみよう。
 欧州委員会のアルトウール・ルンゲメツガー交渉官は、EUの顔的な存在である。彼については以前の投稿で紹介したが、AWG-KPのスタープレーヤーであり、頭の回転も速く、弁もたつ。京都交渉の頃から、EUとは意見が対立することも多いのだが、AWG-KPで共闘路線をとることもあった。例えば「先進国の削減目標については、米国の参加していないAWG-KPと米国の参加しているAWG-LCAとの連携をとらなければ意味がない。AWG-KPで数字の議論を先行させることには反対」という点では両者の意見は一致していた。面白い表現を使うのも彼の特色で、ある時、EUとのバイ会談の際に、彼が「pig in a poke」という表現をしばしば使った。我が方のノートテーカーはこれが聞き取れず、「kick in the ball」(股間を蹴り上げる)という驚天動地の聞き間違いをしたのだが、彼に後で確かめて見ると「中世に豚肉(pig)と称して袋(poke)に入れて犬や猫の肉を売ることが横行した。そこから派生して、中身を良く確かめずに買ったら、自分の意図するものとは全く違っていたことを指す」のだそうだ。これだから英語は奥が深い。スモーカーで会議の合間に南アのウィリス交渉官と共によく一緒になった。ある時、タバコをねだってきたので、「1本あげるごとに日本の削減目標は5%ずつ少なくするからね」と言ったら苦笑いしていた。
 

 スイスのホセ・ロメロ交渉官は私が初めて温暖化交渉に関与した頃、政策措置交渉グループの議長を務めていたベテランである。議論がぎすぎすしてきた時に、彼が発言すると、そのふんわりとした人柄のせいか、雰囲気が和らぐという不思議な人徳のある人である。

 日本が参加するアンブレラグループでは議長国豪州のロバート・オーウェン-ジョーンズ交渉官とニュージーランドのステファニー・リー交渉官の存在感が大きい。優男風で低音の美声の持ち主であるオーウェン-ジョーンズ交渉官は巧みな交渉官でもあった。「AWG-KPの議論を重視している」と言いつつ、先進国の数字の議論をするためには、まずメカニズムや温室効果ガスの範囲等の技術的な側面を固めなければ駄目であるとの主張を展開し、先進国の数字の議論だけがAWG-KPで先行することを防いでいた。リー交渉官も弁が立ち、メカニズムの範囲やLULUCFの計算方法が固まらなければニュージーランドの目標設定はできないと説得力のある議論を展開していた。

 EU、豪州、ニュージーランドはいずれもAWG-KPで米国を除く先進国の数値目標の議論のみが先行することに反対であり、日本と立場を共有していたが、京都第2約束期間への参加については必ずしも否定的ではなく、この点では米国が決して参加することのない京都第2約束期間への参加に否定的な日本とはニュアンスが異なっていた。その意味で日本とほぼ同じ立場をとっていたのがカナダとロシアである。カナダのジョン・モフェット交渉官、ロシアのオレーグ・シャマノフ交渉官とは会議の外でもよく連絡を取り合っていた。ジョン・モフェット交渉官は途上国の挑発的なコメントにも常に沈着冷静さを失わず、信頼できるパートナーであった。ただカナダは京都議定書第1約束期間の目標未達成がほぼ確実視されている中で、京都第2約束期間に否定的な立場を前面に立って主張することを回避する傾向があった。オレーグ・シャマノフ交渉官とはCOP7で初めて会ったが、マラケシュ交渉の後、ニューヨークの国連代表部に勤務し、再び気候変動交渉に参加した「出戻り組」であった。非常に弁の立つ人であり、国連交渉のダイナミクスも熟知した強力なプレーヤーである。安全保障理事会常任理事国として周囲の圧力にめげずに「ニエット」と言う経験を積んでいるせいか、腹もすわっている。その意味で非常に頼りになるパートナーなのだが、人数の少ないロシア交渉団の事実上のヘッドとして、あちらの交渉グループ、こちらの交渉グループを飛び回っており、AWG-KPには彼の部下が参加していることが多かった。したがって京都第2約束期間に関する議論については日本が前面に立つことがどうしても多くなった。

 以上、主要な登場人物を紹介してきたが、次回はAWG-KPにおける典型的な議論のいくつかについて触れたい。

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