原子力問題を総合的に解決する事業環境整備法策定を


国際環境経済研究所前所長

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原子力損害賠償制度の適正化

 福島第一原発事故によって、現行の原子力損害賠償制度の欠点が明らかになった。それはいったん事故が起こればコミュニティ自体が崩壊するという問題に対処できていないこと、原子力事業者は損害賠償や除染、廃炉などに関する青天井の債務を抱えながら、電力の安定供給を引き続き行っていかなければならないこと、原子力事業者間で安全性向上を目指した自律的な競争を行うインセンティブが制度にビルトインされていないことなどだ。

 こうした問題を解決するために、三層構造からなる原子力事故対応制度を構築することを提案する(図3)。この制度改革案は単なる「原子力損害賠償法の改正」にとどまらない総合的な被災者救済策と災害コストの分配を企図したものだ。

 福島第一原発の事故によって原子力事業者一般に投げかけられている技術力や組織力に対する不信感などを考慮すれば、原子力事業者自らが安全性を高める努力を怠れば懲罰を受け(経済的負担や検査内容の加重など)、一方で安全運転のパフォーマンスがよければ報奨を与えるような仕組みを構築する必要がある。

 例えば、米国のROP(Reactor Oversight Process)制度のように、原子力規制委員会が各炉の運転パフォーマンスの評価と検査の加重とを結びつけ、その結果を公表する。また運転パフォーマンスがよい炉に関しては、定期検査の間隔を延長するなどのインセンティブを与える。さらに、政府による原子力損害賠償補償契約の補償料(率)を、上記のパフォーマンス指標に連動させたり、民間保険の原子力損害賠償責任保険の保険料(率)を、原子力事業者から原子力規制委員会に報告させ、同委員会がその公表を行ったりすることも検討に値する。

 こうしたアイデアをより大きなメカニズムにビルトインしたものとして、原子力事業者間の事後徴収型相互扶助制度の創設を提案する。この制度を導入することによって、原子力事業者は安全運転に関する「運命共同体」を形成することになる。すなわち、自社以外の事業者が事故を起こして被害をもたらすならば、それがたちまち自社の財務に大きな影響をもたらすという関係に置かれるからである。

 福島第一原発事故以降、原子力事業者間で原子力発電所の安全性を相互評価(ピアレビュー)する仕組みを、一般社団法人原子力安全推進協会(JANSI)が中心となって構築しているところだが、その仕組みに「魂を入れる」、すなわち実効性を具備させることができるのが、この事後徴収型相互扶助制度だ。この制度による損害賠償措置額を2~4兆円などの一定額とすることによって、事故リスクの規模が事前に測定可能となり、ファイナンス問題の解決にもつながる。

 米国でのプライス・アンダーソン法下でも相互扶助制度が取り入れられ、同じようなメカニズムが機能している。原子力事業者の賠償責任措置額の上限設定に伴って事業者にモラルハザードが発生するのではないかとの懸念が生じるが、こうした実効ある相互監視制度が同時に確立されることで、そうした懸念を払拭することができる。現在、原子力損害賠償支援機構法では原子力事業者が機構に対して一般負担金を支払うことになっているが、この相互扶助制度の導入とともに、一般負担金制度は廃止することになる。

 東京電力の件では、法的整理について多様な賛否両論が提示されたが、十分かつ迅速な損害賠償や事故処理作業の遂行に問題が生じるという理由で法的整理は見送られた。損害賠償債務を適切に履行し、原発事故の安定化に関係する取引者とは取引が継続でき、電力の安定供給のための設備投資等を確保することであるとの判断が基礎になっている。

 事業者相互扶助制度及び相互監視制度の整備並びに賠償責任措置への上限額導入によって、安全性は高まり事故確率は低下が期待される上に、大事故の際に損害賠償額のみで事業者が債務超過に陥る可能性は格段に低くなるだろう。ただし、それでも事業再生が必要になるケースもないとは言えず、その場合の制度的準備も検討しておく必要はあろう。

 有限責任制度の下では、損害賠償総額が、事業者の賠償措置額および相互扶助制度等による基金をさらに超える場合には、被害者救済は国による補償問題として扱われることになり、本提案では図3中の「原子力災害補償・地域再建法」が発動されることになる。大規模な原子力災害が生じた場合、国と事業者が協力して賠償に当たることとしたスイスの原子力損害賠償法が参考になろう。