私的京都議定書始末記(その21)

-AWG-KPとはどんな場か(1)-


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 これから数回にわたって私が首席交渉官を務めたAWG-KPについて書いてみたい。2008年12月のCOP14から2011年4月まで、12回の会合に出席し、私の在任期間中のほぼ全期間はAWG-KPとの格闘に費やされたからである。

 既述のように、AWG-KPは「締約国会合は第1約束期間終了の少なくとも7年前に附属書Ⅰ国の次期約束期間のコミットメントの検討を開始する」という京都議定書第3条第9項の規定に基づき、2005年12月にモントリオールで開催された第1回京都議定書締約国会合(CMP1)で設置が合意された。ちなみにCOPとかCMPと分かりにくいが、COPは気候変動枠組み条約締約国会合(Conference of the Parties to the UNFCCC )であり、CMPは京都議定書締約国会合(Conference of the Parties serving as the Meeting of the Parties to the Kyoto Protocol)を意味する。2005年12月のモントリオール会合は気候変動枠組み条約締約国会合としては11回目のCOP11になるが、京都議定書が発効したのは2005年なので、京都議定書締約国会合としては1回目のCMP1になる。

 上記の決定(CMP1における最初の決定なので1/CMP1と呼称する)において、AWG-KPは、「第1約束期間と第2約束期間の間にギャップが生じないよう、できるだけ早く作業を終了し、その結果をCMPにおいて採択することを目指す」(Agrees that the group shall aim to complete its work and have its results adopted by the Conference of the Parties serving as the meeting of the Parties to the Kyoto Protocol as early as possible and in time to ensure that there is no gap between the first and second commitment periods)とされている。途上国側が「一刻も早く第2約束期間を設定すべし」と主張する根拠はここにある。第2約束期間を設定する改正京都議定書の批准・発効には2年程度を要するので、2012年末の第1約束期間末から逆算すれば、2009年のCOP15/CMP5で改正京都議定書を採択すべきだというわけだ。

 私はAWG/KPの首席交渉官になった当初から「日本がこの場に参加する意味はどこにあるのだろうか」と自問してきた。京都議定書締約国である日本は、第3条第9項の規定に基づくAWG-KPの設置に反対できる理由はなく、これまで交渉に参加してきた。しかしCOP13においてAWG-LCAが設置され、米国、中国も参加する新たな枠組みの検討が始まったことで、米国を除く先進国の次期約束期間の義務のみを議論するAWG-KPは日本にとっておよそ意味のない存在になったと言える。

 それでもAWG-KPとAWG-LCAの2トラック体制である以上、出席しないわけにはいかない。またAWG-KPで結論先取り的な動きが生ずることを防ぐ必要もあった。AWG-LCAで2012年末以降、先進国と途上国が温室効果ガス削減のためにどのような取り組みを行うかが固まらないうちに、AWG-KPで京都第2約束期間の設定が決まってしまうことには大きな問題があるからだ。第1に第2約束期間が設定されれば、途上国はAWG-LCAの場で自らの排出削減努力を議論するインセンティブを失うことになりかねない。結局、今次交渉の成果が京都第2約束期間の設定では何の意味もない。第2に京都議定書に参加した先進国とその合計排出量にほぼ匹敵する米国との間の不衡平が維持されてしまう。

 またAWG-KPで交渉している諸要素をAWG-LCAで交渉している将来枠組みのインプットにするという考えもあった。2009年前半当時、日本は新たな法的枠組みのオプションとして京都議定書の全面改正も視野に入れていた。事実、2009年4月にはCOP15における新たな議定書の採択を念頭に、京都議定書を改正し、先進国は総量削減目標を別表Bに記載してその履行義務を負い、途上国は原単位目標、セクター別目標等を新たな別表Cに記載してその履行義務を負うという案を提出した。ゆえにAWG-KPでその案の該当部分を交渉テーブルに載せ、日本の立場を主張することも交渉戦略上有り得る。ただAWG-KPのマンデートは先進国の第2約束期間の目標設定であるため、日本の京都議定書改正案全体を扱うことはできない。このため、AWG-KPで日本案の該当部分(先進国の目標設定関連)を提案するとしても、それが全体の絵姿の中の一部分であり、日本は先進国の目標部分だけを議論するつもりはないことを事あるごとに明らかにせねばならない。

 このようにAWG-KPはその成り立ちから見ても、検討スコープから見ても甚だ居心地の悪い場であった。居心地の悪いもう一つの理由は、議論が同じところをぐるぐると回り、進歩がないことであった。したがって12回のAWG-KPの議論を時系列的に説明してもほとんど意味がないし、余りにも同じ議論の繰り返しであったため、私自身、どのセッションでどんな議論があったか、記憶がごっちゃになる。

 AWG-KPの議長は2009年半ばまでノルウェーのハロルド・ドブランド氏が務め、その後任は非附属書Ⅰ国からということで、アンティグア・バーブーダのジョン・アッシュ国連大使が就任した。ドブランド氏はその豊富な経験から、請われて副議長として議長団に残った。ドブランド議長は、意見が対立する難しい局面でも自分で調整を試み、その真摯な姿勢には立場の違いを超えて感銘を受けることが多かった。これに対し、アッシュ議長の采配ぶりはAWG-KPで議論するイシューを複数のコンタクトグループに分け、それぞれのコンタクトグループの議長に調整を丸投げしている感があった。またアッシュ議長で記憶に残っているのは木槌を落とすスピードの異常な速さである。全体会合で何かの議案を提示し、数秒経つか経たないうちに「I see no objection. It’s so decided」といって木槌をコツーンとたたくのである。意見を言いたい国がフラッグを挙げる暇も与えないほどの速さで、議事運営の仕方としてフェアなのかと常々疑問を感じていた。

アッシュAWG-KP議長(中央)、ドブランドAWG-KP副議長

 AWG-KPでは5つのコンタクトグループが設置されていたが、それぞれのテーマは(1)附属書Ⅰ国の削減目標、(2)京都メカニズム、(3)温暖化係数、温室効果ガスの範囲等のその他事項、(4)LULUCF(土地利用、土地利用変化、森林)(5)先進国の温暖化対策が途上国にもたらす潜在的影響であった。このうち、(3)は各国の吸収源の専門家が森林や土地利用変化に基づく吸収量をどう計算するかという非常に技術的、専門的な場であり、林野庁がもっぱら交渉にあたっていた。(5)は産油国が強く主張して設置された場であり、先進国が温暖化対策をとると化石燃料輸出に依存する産油国がネガティブな影響を受ける、その影響をどう最小化し、ダメージをどう補償するのかという議論である。このおよそナンセンスな議論には先進国が一丸となって反対しており、EUが前面に立って戦っていた。このため、私がもっぱら出陣して戦ったのは(1)附属書Ⅰ国の削減目標と(2)京都メカニズムだった。

 附属書Ⅰ国の削減目標に関するコンタクトグループは、通称、「ナンバーグループ」といい、文字通り、附属書Ⅰ国全体での削減幅と各附属書Ⅰ国の第2約束期間の目標値という「数字」を議論する場であり、AWG-KPの中で途上国が最も重視するテーマであった。2週間のAWGのセッションの間でAWG-KPの開会プレナリー(全体会合)、中途段階のストックテーキングプレナリー、閉会プレナリーを除けば、1スロット1時間半のコンタクトグループが26回程度開催されるが、途上国が「AWG-KPの最大のミッションは附属書Ⅰ国の削減目標の決定である。したがって交渉時間の少なくとも半分は数字の議論に割くべきである」と強硬に主張した結果、13スロット程度がナンバーの議論に充てられた。冒頭述べた「堂々巡りの議論」が延々と続けられたのはこの場であり、2009年を通じて共同議長を務めたグレナダのレオン・チャールズ氏とオーストリアのゲルトラウト・ヴォランスキー女史は本当にご苦労なことであったと思う。

「ナンバーグループ」のレオン・チャールズ(中央)、
ゲルトラウト・ヴォランスキー(右端)共同議長

 京都メカニズムのコンタクトグループは排出量取引、JI、CDMの3つのメカニズムの運用規則の改善を議論する場であり、中国、インド、ブラジル、メキシコ等、一部の国に集中しているCDMをLDC等にどう広げていくか、CDMの対象に原子力やCCSを加えるのか、EUが提案しているセクター別クレジット制度をどうするか等が主なイシューである。AWG-KP副議長のドブランド氏が議長として相変わらず、誠実かつ効率のよい議事運営を行っていた。

 それぞれのコンタクトグループで種々の議論があるのだが、AWG-KPの特色を最も体現しているのは、やはり「ナンバーグループ」であり、次回はその主要な登場人物と典型的な議論を紹介したい。

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