私的京都議定書始末記(その16)
-G8+3エネルギー大臣会合(2)-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
ドラフティング会合で悪戦苦闘
第三次準備会合は、共同声明スクリーン上にドラフト案を映し、line by line でセットするドラフティング会合の形となる。スクリーン上にドラフトが映し出されると、色々ものを言いたくなってくるのがマルチ交渉官の習い性である。各国がいろいろな修正案を出すたびに、それを瞬時に聞き取って、スクリーン上のドラフトにブラケット(括弧)付きテキストとして反映させていくことは、日本人の手に余る。このため、ネイティブを雇って議長席の隣に座ってもらうこととした。
6月4日のドラフティング会合は5ヶ国エネルギー大臣会合、G8エネルギー大臣会合に関するものであり、こちらはスムースに決着できた。本丸は6月5日のG8+3エネルギー大臣会合共同声明である。ドラフティング会合を始めてみると、外国人を雇っておいてよかったと思い知らされた。一次ドラフト、二次ドラフトへのコメントを経た上で作成した三次ドラフトであり、各国のコメントをできるだけ反映したものにしたつもりであった。このため、最終調整が必要と思われるいくつかのパラグラフを除いては第三次案のままで通してもらおうという心積もりだったのだが、「会議は生き物」である。こちらが調整済みと思っていた「無風状態」のパラグラフに、ある国が修正コメントを出すと、それに触発されて別な国が逆方向のコメントをするという事態があちこちで頻発した。ようやく最終パラグラフまで議論を終えたときには午前零時近くになっており、しかも会議を始めたときよりもブラケットの数が増えてしまい、いくつかのパラグラフについては複数のオプションができる始末である。皆を缶詰にして夜を徹して調整することも考えたが、午前中から食事をはさんでぶっ続けのドラフティングである。準備会合メンバーの疲労も極限に達しており、何より議長として調停案を考える時間が欲しかった。このため、「明日、午前中に再度、ドラフティング会合を行う。ブラケットの付されたパラグラフについては議長調整案を提示する。午後には皆、青森に移動する必要があるので、午前中にぜひ決着させたい」と宣言して、メンバーを解放することにした。
準備会合メンバーは寝られるが、議長はそうはいかない。へとへとになってオフィスに戻り、議長調整案の作成に取りかかった。会議中には次々に出てくるコメントをさばくので手一杯であったが、落ち着いて眺めて見ると、足して2で割ったり、コンセンサスのない部分を削除したりすることで、妥協案を作成することは可能なように思われた。6日午前中に会合を再開して、議長調停案を提示すると、昨日の紛糾が嘘のようにスムースに議論が進んだ。皆、一晩寝て、頭を冷やしたこともあるのだろう。午前中に数箇所の未調整部分を除き、案文をセットすることができた。
IPEEC、セクター別アプローチの文言に合意
何より安心したのは、今次会合で最も重視していたIPEEC、セクター別アプローチ関連のパラグラフに合意できた点である。インドと前日に事前協議をして落としどころを探ったことは成功であった。マトウール局長は、事前の議論の結果を踏まえた案文を提示したところ、むしろ、合意を促進するよう議論に貢献してくれた。彼とは気候変動交渉でも頻繁に顔を合わせるようになり、そのたびにハグしあう仲になった。それぞれのパラグラフと成果ポイントを以下に掲げる。
10. Many of us recognize that aspirational goals for improving energy efficiency could help in promoting international efforts for exploring abundant global potential for energy efficiency. We will seek to ①realize the potential for improving energy efficiency in our own countries to the maximum possible through nationally and voluntarily determined measurable energy efficiency goals/objectives and action plans, while ensuring economic growth.
下線部①にあるように、APEC、東アジアサミットで合意された省エネ目標、行動計画の策定を盛り込み、更にその目標が単なる定性的なものではなく、「計測可能」(measurable)なものであるべきことを記載した。
11. Our efforts for improving energy efficiency can be further enhanced through international cooperation through sharing of best practices and promoting global partnership. To this end, ②we decided to establish the International Partnership for Energy Efficiency Cooperation (IPEEC). The IPEEC will serve as a high-level forum for facilitating broad actions that yield high energy efficiency gains, where participating countries see an added value. ③They include supporting on-going work of the participating countries and relevant organizations, exchanging information of best practices, policies and measures and developing public-private partnership in key energy consuming sectors as well as on a cross-sectoral basis. IPEEC will consider ways to implement the outcomes of the Heiligendamm Dialogue Process on energy efficiency. We encourage all interested countries to join the IPEEC.
下線部②がIPEECの設立に関するパラグラフである。下線部③ではIPEECの協力内容の例示であるが、その中にセクター別の官民パートナーシップも盛り込んだ。
12. Each of us can enhance the effectiveness of our respective national energy efficiency policies by ④focusing on key energy consuming sectors such as industry, power, residential/commercial and transportation through analyzing/measuring current energy efficiency performance, evaluating energy efficiency potentials and identifying applicable technologies, taking into account our own specific national and sector-specific circumstances. ⑤We also recognize that sectoral approaches as described above could be useful methods for improving energy efficiency. We will work collectively on their practical development. We welcome international cooperation and various initiatives through public-private partnerships that are conducive to promoting energy efficiency in key energy consuming sectors.
セクター別アプローチに関するパラグラフである。下線部④では、特定セクターに着目し、現在のエネルギー効率を分析・計測し、省エネポテンシャルと適用可能な技術を特定する、というセクター別アプローチの基本的考え方を明記した。また下線部⑤ではセクター別アプローチが省エネにとって有効であるとの点をG8+3の総意として記述することができた。いずれも、APECや東アジアサミットの合意文書よりも踏み込んだ内容になっている。
13. We highly ⑥appreciate the ongoing work on energy indicators. While recognizing that need to take into account specific national circumstances, ⑦they will help assessment of sectoral, national and international energy efficiency performances and potentials. Due to the need of collecting more timely and reliable data to further improve these indicators, we ⑧encourage governments and private sectors of all the interested economies to further cooperate in these efforts. Capacity building on energy statistics is essential to this end.
下線部⑥、⑦ではセクター別アプローチの重要なツールとなるエネルギー指標について記述した。IEAの作業ということを明示したかったが、非加盟国の中国、インドがIEAを特出しすることに抵抗した。下線部⑧ではエネルギー指標作成努力に関心ある諸国の官民が協力することを慫慂するという文言も盛り込んだ。
もちろん、当初の心積もりに比してトーンダウンした点はあるが、これまでのエネルギー関連閣僚会合の合意内容よりも前進していることは明らかであった。大きな峠を越えた感があり、未調整の事項がいくつか残ってはいたが、翌日の7日午後には5ヶ国エネルギー大臣会合が開催されるため、日本、米国、中国、韓国、インドの事務方は6日午後には青森に移動しなければならない。そこで残された部分の調整は7日のG8+3閣僚の歓迎ディナー終了後、ホテル青森の会議室で行うこととなった。