私的京都議定書始末記(その11)
-APEC、東アジアサミットでの議論-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
ハイリゲンダムサミットでは首脳声明の策定プロセスを直に見ることはできなかったが、2007年9月のAPECサミットと11月の東アジアサミットについては、首脳声明策定プロセスを体験することができた。APECでは「気候変動、エネルギー安全保障、クリーン開発に関するシドニーAPEC首脳声明」、東アジアサミットでは「気候変動、エネルギー、環境に関するシンガポール宣言」を出すことが予定されており、APECエネルギー大臣会合や東アジアサミットエネルギー大臣会合の合意事項を首脳声明にも反映させることは私のミッションだったからだ。
APECの首脳声明プロセスで、豪州が「売り」にしたかったのは一連の数値目標であった。省エネ分野では「2030年までに2005年比でAPEC地域のエネルギー原単位を25%改善する」という案が盛り込まれていた。これは5月のエネルギー大臣会合共同声明には入っていなかったものであり、首脳声明ダマと位置づけられていた。ところが首脳声明のドラフティング会合で、中国が猛烈に反対した。エネルギー大臣会合では中国代表は国家発展改革委員会のエネルギー部局出身であったが、今回は外交部で、その発言内容は「共通だが差異のある責任」「先進国の歴史的責任」等など、APECの場に国連プロセスが引っ越してきたような感があった。
中国が強硬に反対したのは2005年比25%改善という数字が達成困難だからではない。1990年から2005年までにAPEC地域のエネルギー原単位は25%以上改善しており、中国を初めとする域内途上国の急速な経済成長、古い設備の更新需要を考えれば、追加的な努力をしなくても2030年までに25%改善というのは容易に達成できるはずだ。事実、APECエネルギー研究センター(APERC)は自然体でも2030年までに38%の改善が見込まれるとしている。中国が強く反対した理由は、数字の中身はともかく、先進国、途上国が両方含まれるAPEC地域全体の目標値を合意するという考え方そのものであったのだろう。
豪州は「regional aspirational goal であって強制力のあるものではないから」と説得に努め、ようやく「highlight the importance of improving energy efficiency by working towards achieving an APEC-wide regional aspirational goal of a reduction in energy intensity of at least 25% by 2030 (with 2005 as the base year)」という表現が合意された。また首脳声明付属文書の中には省エネ関連で以下の文言が合意された。
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- Agree to work towards achieving an APEC-wide regional aspirational goal of a reduction in energy intensity of at least 25% by 2030 (with 2005 as the base year)
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- Encourage all APEC economies to set individual goals and action plans for improving energy efficiency, taking into account this aspirational goal, and reflecting the individual circumstances of different economies
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- Agree to facilitate and review progress through the voluntary APEC Energy Peer Review Mechanism, as established by the APEC Energy Ministers in May 2007, with a report back to APEC Leaders in 2010.
エネルギー大臣会合で盛り込んだ省エネ目標、行動計画の策定や、省エネピアレビューは無事、盛りこまれた。しかし、APECワイドの数値目標に交渉の重点が置かれたため、セクター別アプローチが明確に入らなかったのが心残りだった。
ただエネルギー分野では担当大臣間で合意ができているので、事態はずっとましだった。本当にもめたのは気候変動部分、特に将来枠組みのあり方や、全地球温室効果ガス半減目標等の扱いである。