私的京都議定書始末記(その8)
-エネルギー面からの取り組み-
有馬 純
国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授
当時、私は幸いなことに交渉には参加してなかったが、自分の担当するマルチのエネルギー協力の中でも気候変動問題のウェートは以前に比して確実に大きくなっていた。そうした中で望月晴文長官以下、当時の資源エネルギー庁は「気候変動問題に対するエネルギー面からの取り組み」を目指していた。国連気候変動交渉は京都議定書交渉時のような先進国間の交渉では決着せず、中国を初めとする振興途上国を含めたより複雑かつ対立的な状態になっており、国連交渉で意味のある成果が得られる保証はどこにもなかった。気候変動問題はエネルギー問題と裏表の関係にある。東アジアサミット、APEC等、アジア太平洋地域の先進国、途上国を含むマルチのエネルギー協力の場を活用し、先進国と途上国の二分法が跋扈する国連交渉の枠外で、エネルギー面から温室効果ガス削減につながる取り組みを強化しようという問題意識である。
「エネルギー面からの取り組み」には3つのキーワードがあった。その第1は省エネである。アジアの発展途上国は程度の差こそあれ、経済成長に伴うエネルギー制約、輸入依存度拡大に直面していた。これは彼らのエネルギー安全保障、経済成長に関わる問題である。国連交渉では「温暖化問題は先進国が率先して解決すべき」というドグマが支配していたが、エネルギー安全保障、経済成長については自分の問題として何らかの対策をとらねばならないという意識が強かった。このため、輸入依存度低下、エネルギーコストの削減を通じてエネルギー安全保障、経済成長に大きく貢献する省エネに対する関心は、先進国、途上国を問わず、どこの国でも非常に高かった。省エネのもう一つのメリットは経済成長と両立可能であることだ。「温室効果ガス排出量の削減」については「経済成長への足かせ」としてネガティブな対応を示す途上国でも、経済成長と両立できる省エネについては、より前向きな姿勢で臨むことが期待できた。そして日本は第一次、第二次石油ショックを経て世界最高の省エネ実績を有し、省エネ政策の経験、省エネ技術の移転において大きな役割を果たし得る。その意味で、2007年1月にセブ島で開催された東アジアサミット首脳会合の共同宣言に「エネルギー効率改善のため、自主的に個別の目標を設定し、行動計画を策定する」という一文が盛り込まれたのは画期的であった。先進国(日本、韓国、豪州、NZ)、途上国(ASEAN諸国、中国、インド)の別なく省エネ目標を設定するというのは、国連の世界では考えられないことだったからだ。このモメンタムを是非活用しようというのが当時の我々の思いだった。
第2はセクター別アプローチである。エネルギー効率を評価する上でよく使われる指標は一次エネルギー総供給をGDPで割った「エネルギー原単位」である。しかし一次エネルギー総供給は、産業部門、発電部門、交通部門、家庭部門等、色々なセクターのエネルギー消費の集積であり、マクロの指標であるエネルギー原単位は、国全体のエネルギー効率を鳥瞰図的に見る指標としては有効であっても、どの部門、どのセクターに省エネポテンシャルがあるかを見極めることはできない。むしろ鉄鋼、セメント、化学等のエネルギー多消費部門、電力等のCO2排出の大きな部門において、部門別の原単位を国際比較し、最新の技術を導入することでどの程度の省エネ、CO2削減ポテンシャルがあるかを検討することが現実的な対策を講ずる上で有効である。セクター別アプローチのメリットは途上国の実情にも対応できることだ。国民の生活レベルを引き上げていくのは途上国の正当なミッションであり、これに伴い、エネルギー消費、CO2排出量が引き続き拡大することは不可避である。しかしエネルギー消費の相当部分を占めるエネルギー多消費部門に着目し、進んだ省エネ技術を導入すれば、エネルギー消費の伸びを抑えることが可能になり、途上国の経済効率向上にもつながる。また、国際的にも種々のイニシアティブが進行中であった。鉄鋼やセメントでは先進国、途上国の企業が参加する国際産業団体で、BAT(Best Available Technology)のリストや、省エネ指標の検討が進められていた。またIEAも日本の提案を踏まえ、「エネルギー指標プロジェクト」で非加盟国を含む主要国からセクター別のデータを集めつつあった。更に米国主導で2005年に「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ゚(APP)」が立ち上がり、米国、日本、豪州、NZ、中国、インド(後にカナダも参加)の参加の下、鉄鋼、アルミ、セメント、クリーンな化石燃料等、セクター毎の官民協力を進めつつあった。国連交渉では見られない民間企業の参加が得られるのもセクター別アプローチのメリットの一つである。省エネ目標設定と組み合わせ、セクター別の目標設定も含められれば、大きな意味がある。
第3は革新的エネルギー技術開発である。国連交渉の世界では「既存技術の移転を促進するためには知的財産権の強制許諾が必要だ」といった不毛な議論が延々と続けられていた。気候変動問題は長期の問題であり、現在の技術の延長線上では、日本を含む先進国が提唱する先進国80%減や全地球半減を達成することは不可能だ。そのためには革新的なエネルギー技術開発とそのためのロードマップ作り、国際協力が必要になる。革新的技術開発は技術を重視する米国と共同歩調をとれる分野でもあった。
省エネ、セクター別アプローチ、革新的技術開発は、いずれもエネルギー政策面のアジェンダであると同時に、温室効果ガス削減にも大きく貢献する。マルチのエネルギー協力を担当していた私は、いわばエネルギー戦線での「別働隊」として温暖化戦線を支援する役回りとなった。かくて、2007年から2008年にかけて、東アジアサミット、APEC、IEA、サミットプロセス等において、3つのキーワードを成果文書に盛り込むべく、何度となく各種の国際会議に出撃をすることとなったのである。