補助金のかがり火


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 4月6-12日号の The Economist 誌に”Bonfire of the Subsidies” (補助金のかがり火)、”The Fuel of the Future”というバイオマスエネルギーに関する興味深い記事が出ていたので紹介したい。

 EUの再生可能エネルギー指令では2020年までに一次エネルギー総供給の20%を再生可能エネルギーとすることとされているが、政治的、マスコミ的に関心を集める太陽光、風力ではとても目標達成は不可能である。ボリューム的に最も期待されているのが木材、穀物残渣を含むバイオマスである。現在でも欧州の再生可能エネルギー消費の約半分はバイオマスであり、2020年までに電力換算で1210Twhのエネルギーをバイオマスから得ることが期待されている。これは風力494Twhの2倍強になる。バイオマスエネルギーの大部分(80%)は暖房用途であるが、20%分の発電用でも太陽光発電と洋上風力を合計した量をかせぐと見込まれている。

 例えば、欧州委員会が3月末にまとめた「再生可能エネルギー指令に関する進捗報告」によれば、陸上・洋上風力は2020年時点で合計42Mtoe(石油換算百万トン)の貢献が期待されている。ドイツにおける急拡大等、何かとマスコミに取り上げられる太陽光発電だが、ボリューム的には2020年でも7Mtoe程度だ。これに対して、もともとボリュームが大きいバイオマスエネルギーの貢献度は2020年時点で102-3Mtoeと、太陽光、風力の合計の2倍強だ。EU目標において、バイオマスの役割がいかに大きいかがわかるだろう。

 バイオマスが「再生可能エネルギー」とみなされる理由は、「発電用燃料として木材が焼却されたとしても、それが適切に管理された森林から来るものであれば焼却に伴うCO2排出を、新規植林でオフセットできる。したがって木材はカーボン・ニュートラルである」というものだ。

 バイオマスには風力、太陽光にはない長所がある。陸上風力を新設するのはコストがかかるが、バイオマスは既存の火力発電所との混燃が可能だ。そういった発電所は既にグリッドに接続されているので、太陽光や風力のような接続の問題が生じない。更に太陽光や風力のように間欠性がないため、バックアップ電源を必要としない。電力会社から見ても木材との混燃によって石炭火力の運転期間延長ができるので有利でもある。

 しかし良い事ずくめではない。問題は、バイオマスに投入される膨大な補助金、必要とされる木材の量、そしてバイオマスが本当にカーボン・ニュートラルなのかという点である。

 例えば英国ヨークシャー、West Ridingにある Drax 石炭火力発電所を4GWの設備容量の半分をバイオマス火力に転換しようとしているが、これには45ポンド/Mwhの追加コストがかかる。Drax発電所が予定通り、2016年に12.5Twhのバイオマス発電を行えば、2012年度の経常利益1.9億ポンドの約3倍の5.5億ポンドを補助金として手にすることになる。

 2GWのバイオマス火力を運営するためには6600平方キロの森林が必要になるが、これはDrax発電所が立地するWest Riding 全体の面積に相当する。バイオマスエネルギーに対する潤沢な補助金により、欧州の木材需要は現在の1300万トンから2020年には2500-3000万トンに拡大すると見込まれている。これを欧州域内で生産することは不可能なので、カナダ等からの木材輸入が必要となる。木材ペレットの世界貿易も2020年には現在の5-6倍の6000万トンに達するとの見通しだ。このため、木材価格が右肩上がりで上昇しており、住宅建築事業者や家具製造事業者への圧力になっている。

 そしてバイオマスがカーボン・ニュートラルなのかという問題である。木材を発電目的に使う場合、焼却プロセスと木材ペレットの製造プロセスで二度CO2を排出する。更に木材原料輸入のための運送プロセスでもCO2が出る。The Economist 誌は,木材から1Mwhの電力を発電するのに200kgのCO2が排出されるとの試算を紹介している。これはバイオマスのCO2削減効果を目減りさせるものであり、ガスからバイオマスに転換する場合のトン当たりCO2削減コストは45ポンド/Mwhの補助金も含めると225ポンド/Mwhになるとの試算もある。

 しかも「発電部門における木材利用に伴うCO2排出が、管理された森林での植林を通じてオフセットされる」という前提条件が常に成立するわけではない。どんなタイプの森を使うのか、どれだけ早く木が育つのか、木材チップを使うのか、木材そのものを使うのかによって状況は異なる。欧州環境機関(European Environment Agency)は「バイオマス燃焼が常にカーボン・ニュートラルと考えるのは正しくない。エネルギー目的の植物のために、ある土地を利用するということは、その土地が炭素吸収を含む他の目的のための植物のための使われていないことを意味する」として、植林によって、CO2吸収をする別のエコシステムが犠牲になる可能性に言及している。プリンストン大学のサーチンジャー教授は、仮に木をまるごとエネルギー用途に使った場合、20年間の単位当たりCO2排出量は石炭よりも79%多く、40年間で見ても49%多くなり、木が育ってCO2削減になるまでに100年かかるとの計算をしている。

 「要するにEUは多額のコストがかかり、CO2を削減せず、新技術開発にも貢献せず、leylandii の生垣のように増殖する補助金を生み出したのだ」とThe Economist の舌鋒は鋭い。ちなみにleylandii とは、生垣に利用される雑種の針葉樹で、成長が速いが、きちんと管理しないと伸びすぎて近隣の迷惑になるものだ。園芸趣味の多い英国ならではの表現といえよう。

 The Economist の記事は、「環境主義者は変動する化石燃料価格からの独立、地域雇用、持続可能性、CO2排出削減等、種々の理由で再生可能エネルギーを好む。しかし全ての再生可能エネルギーがこの目的を満たすわけではなく、これら目的の全てが乏しい公的資金を費やすに値するわけではない。それに値するものであっても、広範で市場歪曲的な支援措置ではなく、より効率的な支援をすべきである。・・・・再生可能エネルギーそのものを自己目的とする者は、『木を見て森を見ず(fail to see the wood for the trees)』になる」とバイオマスに関する記事にふさわしい表現で結ぶ。

 再生可能エネルギーはエネルギー政策上の目的を達成する上での一つの手段であり、そのものが目的ではない。この最後のメッセージは常に念頭に置いておくべきだと思う。私がIEA(国際エネルギー機関)国別審査課長だった時も、欧州諸国には再生可能エネルギーへの過剰補助が目立った。The Economistの記事のタイトル 「補助金のかがり火(Bonfire of the Subsidies)」 は、トム・ウルフの「虚栄のかがり火(Bonfire of the Vanities)」をもじったものであろう。再生可能エネルギー政策が虚飾に終わらぬよう、同誌らしい捻りの効いた表現で釘を刺したものと思われる。

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