ヘルム教授との対話


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

印刷用ページ

 先日、本コラムで紹介したオックスフォード大のディーター・ヘルム教授にずっとアポを申し込んでいたが、ようやく会う機会を得られた。笑みを絶やさないが、舌鋒は鋭い。以下、彼のコメントを紹介したい。

欧州の気候変動関係者は自分達がマージナルな存在になったことを理解していない。コペンハーゲン合意は米国と中国が最終調整を行ったのであり、そこに欧州はいなかった。
欧州では、連立政権を組む時にしばしば緑の党がキャスティング・ボートを握り、連立に参加する条件としてエネルギー大臣・環境大臣のポストを要求してきた。このため、欧州のエネルギー政策は環境NGOが策定するような代物になってしまった。
しかし現在の欧州委員会のマンデートは2014年に終わる。欧州は国際競争力の低下に強い懸念を有しており、2014年に形成される新たな欧州委員会はこの点を最大のプライオリティとするだろう。そうなれば現在のエネルギー環境政策も見直されることになる。もっともドイツで社民党・緑の党の連立ができてしまったら処置なしだが。
米国がシェールガスによるエネルギーコストの低下で競争力を取り戻している。米国と中国の労働コストの差は4:1だが、エネルギーコストの差は1:5で、エネルギー集約産業が中国から米国に移転することすら有り得る。
欧州は20:20:20のユニラテラル目標を設定したことで、産業空洞化を招き、かえって状況を悪くした。ユニラテラルな目標を設定しつつ、国際競争力を維持しようとするならば、国境措置を導入する以外に方法はない。ただし、それが可能かどうかは別問題だ。
EU-ETSについても、クレジット価格が低迷しており、2015年頃には崩壊するだろう。今後、主要国は炭素税の方に移行すると思う。現在でもガソリン税等のエネルギー課税が存在するが、自動車の燃費改善等により、税収が低下していく可能性が高い。部分的にでも炭素税を導入していけば、税収中立の形で安定的な財源が得られることになる。
確かに米国では新税へのアレルギーは強いが、財政赤字を何とかしなければならないので、決して不可能ではない。オバマ演説では気候変動問題への取り組みを強調したが、キャップ&トレードを追求することはなく、排出規制が中心になるだろう。またシェールガスによるガス転換で温室効果ガス排出量が低下しているため、気候変動で格好いいことをいいやすい立場にある。しかしエネルギーコスト低下によってエネルギー多消費産業が拡大すれば、温室効果ガス排出の低下傾向は逆転するだろう。

2020年以降の枠組みについては、マルチ、バイ、リージョナル等が併存する多層的なものになるだろう。京都議定書的なものは全く機能しない。国際交渉は「合意」が目的なので、何らかの合意はなされるだろうが、問題はその合意にどの程度の意味があるかだ。
2020年以降の枠組みでも、2030年、2050年についての目標を設定するだろうが、それは法的拘束力を有するものではなく、aspirationalなものになる。国連はショーケース的な役割を果たせばよい。
再生可能エネルギーに偏重した政策も是正され、原子力、高効率火力を含む低炭素電源を推進する方向になるだろう。補助金頼みの再生可能エネルギー推進策は決して気候変動問題の解決には貢献しないし、政治的に持たない。英国では2015年時点で全家庭の4分の1が可処分所得の10%を再生可能エネルギー補助に持っていかれることになる。固定価格購入制度が実施されればこの数字は更に上がる。そんな政策は持たないし、そんな政策を推進する政治家に投票する人はいない。
洋上風力に1000億ポンド近い金をつぎ込むならば、次世代の革新的エネルギー環境技術R&Dに投資をした方がはるかに効率的だ。今のエネルギー環境政策の問題は、現在の技術体系を踏まえて2030年、2050年のビジョンを考えていることだ。自分が80年代半ばに今後のIT産業について論文を書いたが、それがいかに間違っていたかを考えれば明らかだ。主要先進国、新興国で革新的技術の国際共同研究開発を行い、共同研究開発に参加した国だけがそのベネフィットを享受できる枠組みを考えるべきだ。

 次期枠組みが国連のみではなく、バイ、リージョナルを含む多層的なものになること、目標は拘束力を伴わない緩やかな枠組みになりこと、革新的技術開発を重視すること等、多くの面でうなずけることばかりだった。

 ただ1時間は短すぎ、引き続き、議論したいことも多かった。例えば彼は著書「Climate Crunch」の中で国境措置の有効性を強調しているのだが、欧州が航空部門に一方的にETSを適用して米国を含む他国から強い反発を受けた事例もある。国境税調整という考え方も、まず米国で炭素税が導入されるとは想定しにくいし、仮に導入されたとしても欧州の炭素税よりも米国の炭素税が低かったらその差分を国境調整するのだろうか。WTO上問題になる可能性も高く、報復措置を伴う貿易戦争に発展する可能性もある。そもそもサプライチェーンがグローバル化する中で、国レベルの排出量に着目することが果たしてどの程度意味を持ち続けるのかという根本的問題もある。ここらへんはまた機会を改めてじっくり議論したい。

記事全文(PDF)