気候変動交渉と通商交渉


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 第2にドーハラウンドには多くの交渉項目があり、early harvest として早期妥結が期待される分野もある。通関手続きの簡素化等の貿易円滑化交渉がその事例だ(もっとも他の交渉項目とリンクされ、本当に早期合意できるか予断を許さないそうだが)。更に参加国が75カ国を数え、対象品目の世界貿易の96-97%をカバーする情報技術協定(ITA)等のプルリ合意も本年12月のWTO閣僚会議までの合意が不可能ではない。これらに共通する特色は、先進国、途上国双方がメリットを見出し得ることだ。他方、気候変動交渉の世界では、途上国が先進国に温室効果ガスの大幅削減を迫ると同時に、資金援助、技術供与を要求するという一方的な構図になっており、先進国、途上国双方がメリットを享受する分野を見出し難い。換言すればearly harvest が極めて困難である。技術支援、早期資金をearly harvestとするという議論もあったが、これは途上国のみがメリットを享受するものであり、途上国の「食い逃げ」を恐れる米国が強く反発した。鉄鋼、セメント等のエネルギー多消費部門で主要国が効率改善を目指すと言うセクター別アプローチは、ITAに比較的性格が似ているが、国際協定になるほど煮詰まっていない。
 
 第3にドーハラウンドには競争相手がある。ドーハラウンドの停滞を背景にバイやリージョナルのFTA、EPAの議論が活発化している。これを「スパゲティボウル現象」として懸念する議論もあるが、他方、マルチの交渉が停滞している中でセカンドベストとして関心国・地域でのFTA、EPAが出てくることは驚くべきことではなく、少なくとも関係国の間で貿易自由化が進むことにもなる。こうした動きがマルチの交渉自体を活性化させる側面もある。NAFTA合意がウルグアイ・ラウンドの妥結に大きな推進力を与えたのはその事例だ。他方、気候変動交渉にはそうした競争相手がいない。特に途上国の交渉官は、国連以外の場でバイやリージョナルの枠組みを議論することをタブー視する風潮が強い。コペンハーゲンの失敗後、国連交渉への失望感が広がり、G20やMEF等、国連以外の場を活用すべきとの議論も生じたが、新興国、途上国はそれに強く反対した。しかし2020年以降の枠組みを考えた場合、国連の枠組みが唯一の場になるとは思われず、通商の世界と同様、バイやリージョナルの枠組み、セクター別の枠組み等の複層構造になる可能性が高い。日本が進めている二国間オフセット制度はそうした方向への第一歩と言えよう。

 第4の、最も根源的な違いは。通商交渉は全体としてプラス・サムになり得るが、温暖化交渉はマイナス・サムであることだ。中国もインドも工業化が進み、市場アクセスの改善に本質的利害を有している。通商交渉の妥結は世界のGDPの拡大につながり、プラス・サムをもたらす。上述のようにITAにおいて中国が積極的に交渉に参加しているのも先進国と共にウィン・ウィンの成果が期待できるからだ。これに対して気候変動交渉はゼロサムどころか、地球全体の温室効果ガス排出を削減するというマイナス・サムの中で削減負担をどう分担するかという議論を行っている。いわゆる「炭素スペース」の議論はその典型だ。本来的にプラス・サムの通商交渉すら停滞している中で、マイナス・サムの温暖化交渉で合意することはもっとハードルが高いと思える。

 これは温暖化交渉は知っているが、通商交渉経験のない筆者の独断と偏見かもしれない。事実、WTO交渉に長く関与してきた、外務省の尊敬する先輩は、「気候変動交渉の方がましだよ。京都議定書の二分法はもう駄目だという認識が出てきていること自体、まだ妥結のチャンスがある」と言っておられた。気候変動交渉はAWG-LCA、AWG-KPが閉じられ、2020年以降の枠組みを2015年に妥結すべく、今年からAWG-DPで議論が始まる。いわば、「ダーバンラウンド」が始まるわけだ。ただこれまで気候変動交渉を見てきた目からすれば、「ダーバンラウンド」がドーハラウンド化する可能性は決して低くないと思う。2018年頃のForeign Affairsに、After Durban – Why the Negotiations Are Doomed and What We Should Do About It という記事が出ることにならなければ良いのだが。

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