二国間オフセット・メカニズムを通じた鉄鋼省エネ・環境技術の世界への普及促進


日本鉄鋼連盟 国際環境戦略委員会委員長

印刷用ページ

はじめに

 日本の産業界は、これまで弛まぬ省エネ努力を継続・強化して来たが、今後とも最先端の技術を最大導入することにより、世界最高水準のエネルギー効率の更なる向上を図る(鉄鋼業では、「エコ・プロセス」と呼んでいる)とともに、優れた製品・サービスの供給を通じて広く社会の省エネ・環境対策に積極的に貢献する(同、「エコ・プロダクト」)こととしている。また日本の技術を世界に移転・普及することによる地球規模での省エネ・環境対策(同、「エコ・ソリューション」)は、地球規模で見た際の環境と経済を両立させた持続可能な社会形成に不可欠である。この考え方は、日本経団連・低炭素社会実行計画注1)として、鉄鋼業のアクションも含めて公表されている。
 今回、このなかで、「エコ・ソリューション」に関し、普及促進メカニズムとしての二国間オフセット・メカニズムに焦点を当て鉄鋼業の事例を示したい。これは、2000年代に入り、進めてきた鉄鋼業の国際連携の経験を活かしたもので、本レポートの中では、以下の点に触れたい。
・技術普及促進のための従来の制度との比較
・二国間オフセット・メカニズムによる普及促進(ステップ論)、
 日印鉄鋼業の二国間連携事例
・二国間連携推進の意義、各主体の役割とベネフィット

1.技術普及促進のための従来の制度との比較

 京都議定書に規定されたクリーン開発メカニズム(CDM)については、クレジットの獲得手段として取り扱われることが多かったが、同メカニズムは、省エネルギー技術の移転・普及促進の機能も有している。この観点からCDMを検討すると、適格性判断基準をはじめとし、種々の課題や限界が指摘されている。その限界を補完し、日本企業の低炭素技術を海外へ展開する新たな国際的枠組みとして、「二国間オフセット・メカニズム」(二国間制度)への関心が高まっている。
 CDMプロジェクトの登録に当たって厳しい審査がなされている。特に、CDMがなくても省エネルギー対策をしたはずのプロジェクトが対象とならぬよう、(クレジットがあって初めて収益性が成立することを証明する)経済的追加性を問われていることにより、鉄鋼省エネプロジェクトの技術移転が困難となっている(表1.参照)。

表1.CDMの課題

審査の硬直性 先進国・途上国両政府の審査・承認
第3者機関による事前審査
CDM理事会による審査
第3者機関による検証・認証
CDM理事会によるクレジット発行
追加性判断の
難しさ
(クレジットがあって初めて収益性が成立することを証明する)経済的追加性の偏重
(CO2クレジットによる収益の改善に過大な期待ができず、鉄鋼の省エネ案件がCDM不適格となる)
クレジット検証と
発行の手続
操業実績に対して第3者による検証が必要とされるので、手続きの遅延やクレジット量の減少が発生

 これらの基準が投資判断などビジネス実態に合致しておらず、多くの省エネルギー案件が不適格とされている。この状況を打開し、実効ある排出削減技術を移転するプロジェクトを推進するためには、「経済的追加性」のみを偏重するのではなく、ビジネス実態に合致した合理的な適格性判断基準が必要である。二国間オフセット・メカニズムの中では、技術的追加性とその基準の信頼性・透明性向上を目指している。技術的追加性については、ポジティブ・リスト方式の導入(CDMによって確立された適格性判断基準に配慮しつつも、鉄鋼業の技術的視点から、実質的な削減効果を重視する「技術的追加性」)を判断基準として確立したい。その基準の信頼性・透明性の向上策のために、表2の事例に示すような仕組みの中で、環境十全性の確保に努める。

表2.適格性評価基準のまとめ(一例としての案)

認証委員会
(一例として)
極力既存の仕組みを活かし(例えば国内クレジット認証委員会)識者・専門家などで透明性の高い仕組みを構築
技術リスト 認証委員会の下に、日本・ホスト国[・第3国]の専門家からなる技術リスト検討委員会を設置。
汎用のフルリストから、ホスト国に対して普及を促進する技術を特定し、カスタマイズド・リストとして整備
重点
評価項目
環境十全性に配慮しつつ、技術的追加性を重視(例えば、J-MRV、国内クレジット制度のガイドラインを援用)
ホスト国政府の重点政策との整合性に配慮(副次効果いわゆるコベネフィットを積極的に評価)
現行CDM、二国間制度FS事業にて確立されたMRV方法論を活用
Mitigation(削減)に加えAdaptation(適応)への貢献を評価
乱発防止の歯止め 技術的追加性等のベースライン基準の明確化
合理的かつ実質的なMRV手法の確立
第3者を含む二国間制度認証委員会で検証
注1)
経団連・低炭素社会実行計画についての最新版は、2013年1月17日に公表された:
http://www.keidanren.or.jp/policy/2013/003.html

 省エネ技術の普及を阻害している重要な障壁(いわゆるバリア)の一つとして、技術情報の不十分さがあげられている(APP鉄鋼タスクフォースにおける、バリア分析)。この対策として、NEDO省エネモデル事業による、実プロジェクトで現物を通じた、設備・操業技術などの周知・普及などがある。図1に示す、中国におけるCDQの普及基数推移をみると、この技術情報の周知などが普及促進策として効果的に機能している。

図1. 省エネ技術普及加速事例(中国におけるCDQの導入基数推移)

2.二国間オフセット・メカニズムによる普及促進(ステップ論)、日印鉄鋼業の二国間連携事例

 現在、日印両国の鉄鋼関係者にて、インドにふさわしい所謂、インド向けにカスタマイズされた技術集(「技術カスタマイズドリスト」)の作成を行っている。作成に当たっては、まず、鉄鋼業に関する世界中の省エネ・環境技術を網羅した「技術フルリスト」を作成した。データソースとしては、前述のAPP-SOACTハンドブック、NEDOの省エネ技術集、米国環境保護庁のBACT(Best Available Control Technology)リスト、欧州IPPC-鉄鋼業BATレファレンス・ドキュメントを使用した。これらに記載のある鉄鋼関係の省エネ・環境技術を一覧的にまとめると、136件に上る。「技術カスタマイズド・リスト」は、この「技術フルリスト」から選定した。この選定においては、日印官民連携による共同作業を行うこと、世界最高水準を誇る日本鉄鋼業界の“経験”を活かすこと、インドの諸条件(環境保全、政策/技術的課題、エネルギー構成、価格条件等)を勘案することなど注2)を条件として選定作業を行った。現在、「技術フルリスト」上の136技術から17技術まで絞り込んだ「技術カスタマイズド・リスト」ドラフトが完成し、次回東京会合(2013年2月)で議論し、確立(図2参照)。
 二国間制度と「技術カスタマイズド・リスト」の関連に関しては正式な交渉の場で議論されるものの、このリストはポジティブ・リストとしてふさわしいものであると考えられる。

図2. インド鉄鋼業にふさわしい「技術カスタマイズド・リスト(ドラフト)」のイメージ

表3.二国間オフセット・メカニズムから見た、製鉄所のエネルギー効率改善のためのPDCA

ステップ1
計画P
カスタマイズド・リストに基いて導入対象技術を選定
排出削減ポテンシャルや経済性から、導入の優先順を設定
ステップ2
実行D
技術・設備の稼動後、その稼動実績を定量的に把握
ステップ3
検証C
稼動実績の評価と、計画値との較差分析
総合エネルギー効率への寄与を評価
ステップ4
見直しA
導入した設備の稼動実績、総合エネルギー効率の変化、[法規制等]を踏まえ、必要なら、中期的な設備導入計画を見直し
注2)
エネルギー効率改善(CO2排出削減)に加え、地域環境問題(SOx・NOx、粉じん、水処理など)やリサイクル問題などへの副次的効果(コベネフィット)に関する検討

 製鉄所の総合エネルギー効率(製鉄所全体のエネルギー効率ということからここでは、総合エネルギー効率と呼ぶ)は、省エネ対策のみならず種々条件の影響(生産量や製品の構成、原料条件の変化、高機能製品の製造や環境対策による増エネなど)を受けるため、トップダウン的にエネルギー効率(粗鋼生産1トン当たりのエネルギー消費量(ベンチマーク)など)目標を設定することは省エネ対策と相関がない可能性もあり、意味をなさない。総合エネルギー効率については、個々の製鉄所の状況に応じて要因を十分に把握したうえで議論する必要がある。一方、個別省エネ技術の導入効果は、省エネ対策の努力の成果そのものである上、切り分けて定量化が可能であり、CDMやBOCMにおいて、個別省エネ技術導入ごと(いわゆるプロジェクト・バイ・プロジェクト)の評価を指向している。
 キャパシティ・ビルディングを通じて、製鉄所の総合エネルギー効率を算定し要因分析を行う能力を身につけることは、PDCAを実行し、自律的・継続的な改善行動を行う上で必須である。

2013年2月5日日印鉄鋼業官民協力会合(東京)

3.二国間連携推進の意義、各主体の役割とベネフィット

 このような協力的セクトラル・アプローチを通じて省エネ・環境技術を世界に普及することの意義について、各主体(両国政府及び民間、計4主体)にとっての立場で見てみることにする。
 まず、全体に共通の意義としては、資源・エネルギーの効率的使用により、その調達単価の高騰を抑止すること、CO2や環境負荷物質(SOx, NOxなど)排出抑制による経済成長制約の緩和を行うことなどがあげられる。
個々の主体の役割とベネフィットについて以下にまとめる。
 日本政府にとっての意義は、日本の貢献を定量化するとともに、日本の2020年目標達成に向けた実効的で低コストの選択肢の潜在性を追求することにある。さらに、この制度を通じて日本政府は優れた日本の省エネルギー技術と環境技術を海外に普及させる機会が得られる。また、日本政府の役割は、個別プロジェクトの取り扱いに関する相手国政府との協議にとどまらない。民間部門と共同で排出削減プロジェクト導入の際の障害の撤廃・低減に向けて相手国に働きかける取り組みなども含まれる。例えば、途上国政府が多額の化石燃料補助金を導入したり、低エネルギー価格政策を採用する場合には、省エネルギー投資の妨げとなる。このような障害を取り除くための、種々情報の提供なども含まれる。
 途上国政府にとっての意義は、省エネルギー目標達成のために課せられた排出量増加の制限を緩和し、資源・エネルギー及び環境問題を解決するためのツールとして制度を利用できることである。このほか、途上国における、①実効的な国内政策措置の推進、②低炭素社会の効率的な実現、③厳格ではあるが実行可能な規制導入による技術普及の促進、などを目的としたキャパシティ・ビルディング活動を受けることができるという点でも意義がある。
 途上国の民間(鉄鋼業)にとって、省エネプロジェクトに実際に投資する視点からすると、制度が存在することで、CDMプロジェクトとして扱うには難しすぎるプロジェクトを救済し、先進国の製鉄所で省エネ技術を実際に導入した経験を持つ専門家や有識者からの助言や継続的な技術サポートを受けることができる。
 一方、日本の民間(鉄鋼業)にとっての制度の意義としては、第1に、低炭素社会実行計画の柱の一つである、日本で開発された省エネルギー技術の移転・普及を通じた世界レベルでのCO2削減効果の定量化と貢献の評価(アピール)、が挙げられる。第2に、日本の鉄鋼業や関連メーカーにとっては自社のエンジニアリング能力を投入する機会が提供されるという魅力もある。第3には、適格性の判断基準(技術に関するポジティブ・リスト)や削減効果の算出などのルール作りの事例を提示することにより、技術をベースにしたボトムアップ・アプローチの意義を具体的な実績で示すことができるという点で意義がある。
 ここで目指している、オフセット・メカニズムは、理想的には国際的にハーモナイズされたものであることが望まれる。しかし、多国間交渉には時間がかかり、少なくとも当初は喫緊の課題としてエネルギー効率改善などの課題を抱えている、参加国やセクターを絞り込み、実効的・合理的で透明性・信頼性の高いメカニズムというコンセプトを構築し、複数の国々・セクター間の調和・統合を最大限に確保した上で、単一の国際的な枠組みへと発展させていくというのが、より現実的で実効的なアプローチであろう。日本の鉄鋼業も協力的セクトラル・アプローチの推進を通じてこれらの取り組みに積極的に関わっていく。

記事全文(PDF)