ネガワットの市場取引を現実的に考える
電力改革研究会
Policy study group for electric power industry reform
閉じた契約としてのネガワット
それでは、電気事業者が今行っているネガワット取引はなぜ成立しているのか。それは、電気事業者とその需要家の間で閉じた契約であるからである。ピーク時間帯に当該需要家がいつもより節電をしてくれれば、当該需要家に電気を供給する電気事業者はコストが高いピーク電源の稼働をいくばくか抑えることが出来ることは間違いない。したがって、双方が納得した対価を両者間でやりとりすることは可能である。
対価を算定するには、当該需要家がどれほど節電したかを評価する必要があるが、そのためには、ネガワットが発動されなかった場合の需要を何らかの方法で決める必要がある。上述に例における3万kWhに当たる数字であるが、これはベースラインと呼ばれる。ベースラインを実際に計測することは出来ないので、発動された月の当該需要家の最大需要、前年同月の最大需要実績、前5営業日の同時間帯における需要実績の平均値等、もっともらしい数字で割り切るのが普通である。もし本当のベースラインが2.7万kWhであれば、電気事業者は対価を払いすぎたことになるし、3.3万kWhであれば、大口需要家はもっと対価がもらえるはずであったのに取り損なったことになる。本当はどうであったかは検証しようがないので、双方、このようなリスクは許容しつつ、お互いに納得できるようなベースラインの算定方法で合意の上、取引を行うわけである。
ネガワットを市場取引するために必要なこと
対して、ネガワットを市場で第三者(電気事業者とその需要家以外の者)に広く販売する、つまり『「節電」が新たな供給力として市場に出て行く』ためには、何が必要であるか。
図1を見ていただきたい。卸電力市場において、ある日の14時から15時の時間帯の価格相場が高いとする。これを見ていた大口需要家Bが、当該時間帯に3万kWh電気を消費するつもりでいたところを、2万kWhまで使用電力量を抑制、つまり節電して、3-2=1万kWhのネガワットを卸電力取引所に売り、利益を得たいと考えたとする。しかし、通常の小売契約の場合、需要家Bが2万kWhの電力を消費するなら、電気事業者Aは2万kWhを供給するだけであるから、販売するはずの1万kWhがどこにも存在しないので、売ることが出来ない。
それでは、大口需要家Bは、どうしたらネガワットを売ることが出来るのか。
そのためには、当該時間帯(ある日の14時から15時の間)において、電気事業者Aが必ず3万kWh発電することを確保する必要がある。図2を見ていただきたい。電気は常に需要と供給をバランスさせる必要があるので、大口需要家Bは、電気事業者Aに対して、当該時間帯に3万kWhを消費する計画である、と宣言し、3万kWh分の電気を予め対価を支払って予約購入することになる。この3万kWhは、前述のベースラインの一種ともいえるが、過去の実績等を基にした割り切りの数字ではなく、むしろ「需要計画」と呼ぶ方が適当であろう。このような形にしておくと、大口需要家Bが当該時間帯に節電をして、電力消費量を2万kWhに抑制すれば、余った1万kWhを、卸電力市場に転売できる。
例えば、大口需要家Bが当該時間帯の需要計画を3万kWhと定め、その電力量を単価10円/kWhで電気事業者Aから予約購入していたとする。当日の電力需給がタイトで、卸電力市場の価格が20円/kWhまで上がったとすると、需要家Bは、需要計画を変更して電力需要を2万kWhまで抑制すれば、3-2=1万kWhを市場で転売して、20-10(円/kWh)×1(万kWh)=10万円の利益を得ることが出来る。この10万円が、計画通りに電気を消費することによって得られる便益と需要抑制にかかるコストの合計を上回るのであれば、需要家Bはこのようなネガワット取引によって、利益を得ることができる。