天然ガスへの傾斜を深める英国


国際環境経済研究所主席研究員、東京大学公共政策大学院特任教授

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 12月5日、英国のオズボーン財務大臣が定例のAutumn Statement を行った。これはいわば日本の財政演説に相当するもので、マクロ経済見通しと経済財政運営の基本方針を示すものであるが、今年はAutumn Statement と併せ、ガス発電戦略(Gas Generation Strategy)が発表された。

 英国のエネルギー政策をめぐって天然ガスの役割を重視するオズボーン財務大臣(保守党)と再生可能エネルギーの役割を重視するデイビーエネルギー気候変動大臣(自民党)の間で、連立与党同士の争いにまで発展する激しい対立があったのは、累次書いてきたとおりである。11月末に両大臣の間で妥協が成立し、再生可能エネルギー向けの間接補助金を2020年までに76億ポンドと現在の約3倍に拡大する一方、発電部門における2030年の脱炭素化目標をエネルギー市場改革法案から削除し、ガスの役割をより前面に打ち出すことが合意された。今回のガス発電戦略は天然ガスの役割を重視するオズボーン財務大臣の考えを強く反映したものになっている。

 上記戦略では退役する原子力発電所、石炭火力発電所を代替し、英国の電力の安定供給を図るためには、2030年までに26GWの新規ガス火力発電所が必要であるとしている。更に間欠性の高い再生可能エネルギー導入増加のバックアップ電源を確保するためのキャパシティ・マーケットを創設し、最初のオークションを2014年に行うとの方針も打ち出した。また非在来型石油・ガス部局をエネルギー気候変動省内に設置し、シェールガス開発のための税制優遇措置を講ずるとしている。

 特に注目されるのは、「気候変動法に基づく第4期炭素予算が上方修正された場合、2030年までに必要となるガス火力の量は37GWになる」とのモデル試算も提示されていること。英国は2008年の気候変動法に基づいて一定期間に排出できる温室効果ガス排出総量に上限を定めており、これを「炭素予算(carbon budget)」と呼んでいる。炭素予算は独立機関である気候変動委員会の提言を踏まえて設定される。既に第1期(2008-12)、第2期(2013-17)、第3期(2018-2022)の炭素予算が設定され、第4期(2023-27)については2011年6月に採択された。第4期炭素予算は2025年までに英国の温室効果ガス排出量を90年比で半減させるというものだが、これにはケーブル・ビジネス・イノベーション・技能大臣等が英国の産業競争力を阻害する可能性があるとの懸念を表明し、2014年に見直しを行うことを条件に採択された経緯がある。37GWという数字はオズボーン財務大臣の意向を反映したものであり、オプションであるにせよ、これがガス発電戦略に含まれたことは、オズボーン財務大臣が第4期炭素予算の上方修正(即ち許容される温室効果ガス排出総量の増加)を視野に入れていることを強く示唆するものと思われる。

 予想されたことではあるが、このガス発電戦略に対してはグリーンロビーから痛烈な批判が寄せられている。グリーンピースは「将来のガス依存を高めることは、家庭やビジネスを将来のガス価格上昇のリスクにさらすものであり、グリーン技術に対する投資家の信任を損なうものである。」とコメントしている。また気候変動委員会のデヴィッド・ケネディ委員長は「ガス発電戦略は新たな dash for gas を意味するものであり、炭素予算や90年比80%削減という2050年目標と両立しない。37GWというシナリオを含めたことは再生可能エネルギー投資を阻害する」と政府の方針を批判している。ケネディ委員長は、デイビー大臣のバックアップの下、エネルギー気候変動省次官に内定していたところ、キャメロン首相(そしてその背後にはオズボーン財務相がいたと思われる)に拒絶された人物である。オズボーン財務大臣の意向が強く働いたガス発電戦略に対して批判的なのもむべなるかなであろう。何よりガス発電戦略の中で第4期炭素予算の上方修正の可能性が示唆されていることは、気候変動委員会からすれば耐えられないことであったに違いない。またシェールガス開発を支援するという姿勢もグリーンロビーから見れば「とんでもない」ことであろう。

 他方、産業界は「初めて将来のエネルギーミックスにおけるガスの役割が確認された。将来のガス火力への投資の不確実性が除去された」として、この方向性を歓迎している。もともと産業界には米国がシェールガス革命により、エネルギーコストの低下、産業競争力強化を謳歌していることに対する強い危機感があった。これまでの英国のエネルギー政策は脱炭素化の方向性が強く打ち出され、原子力、再生可能エネルギー、CCSの役割が強調されてきたが、「隠れた四番バッター」であるガスの役割について明確な方向性が出されてこなかった。ガス火力については15GW分の建設許可が下りているにもかかわらず、実際の建設が行われていない一つの理由は、将来のエネルギーミックスにおけるガスの役割に不確実性があったからだ。もとより、政府のステートメントだけでガス火力の建設が進むほど話は単純ではない。シェールガス革命のあおりを食って需要が低下した安価な米国炭が欧州市場に流入し、折からの炭素クレジット価格の低迷とあいまってガス火力の競争力を損なっていることも事実だ。しかし、「ガス火力の役割が今後上昇する」という、専門家の間で半ば常識とされてきたことが、政府の戦略として確認されたことは今後の英国のエネルギー政策を見る上で大きなインプリケーションがあると思われる。

 全体として今回のガス発電戦略は、再生可能エネルギー派と天然ガス派の対立の構図の中で、後者が優勢に立ったことを示すものと言えよう。エネルギー市場改革法案の国会審議を通じ、英国のエネルギー政策については、今後も活発な議論が行われるものと思う。その帰趨を更に注視したい。

 蛇足ではあるが、日本における議論との関係で思うところを一言。ガスの役割に関する上記の論争は、つまるところ、今後のガス価格の見通しに大きく依存する。再生可能エネルギー推進を強く主張するグリーンロビーは、今後、天然ガス価格は高騰するので、ガス依存を高めるのではなく、今はコスト高であっても再生可能エネルギーを推進し、ガス依存を下げるべきであると主張している。日本でも反原発団体、再生可能エネルギーロビーは原発を再生可能エネルギーで代替すべきとの議論の論拠に将来のガス価格上昇をあげる。他方、原発再稼動が進まない中で高コストのLNG輸入が増大し、電力会社が燃料費高騰に伴う料金値上げ申請すると、「シェールガス等を通じてコスト低減が図れるのだから、値上げは圧縮すべき」との主張が生ずる。再生可能エネルギーを推奨するため、将来のガス価格高騰を理由にする一方で、当面のガス依存の増大に伴うコスト増という現実に対しては、シェールガスを理由に価格上昇を否定する。これは明らかに「良いところどり」、ダブルスタンダードの議論と言うべきであろう。ダブルスタンダードといえば、イノベーションを通じた再生可能エネルギーのコスト低減については非常に楽観的である一方、より安全な原子力技術の開発については最初から否定するという態度も、それに当たる。少なくとも英国での議論を見る限り、こうした明らかなダブルスタンダードの議論は見られない。こんなところも英国の議論が興味深い一つの理由である。

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