望ましい電力市場と発送電分離の姿


Policy study group for electric power industry reform

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 さる9月14日、「革新的エネルギー・環境戦略」が政府のエネルギー・環境会議で決定された。同戦略は、9月19日の閣議決定では参考文書との扱いに留まったものの、発送電分離などを含む電力システム改革を本年末までに断行(「電力システム改革戦略」(仮称)を策定)する、としている。また、公正取引委員会も、電力会社の発送電分離に加え、発電・卸部門と小売部門の分社化を独自に9月21日に提言した。近く再開が予想される経済産業省の電力システム改革専門委員会を舞台にして、年内の戦略取り纏めに向けた議論活発化が予想される。今後、焦点となる重要論点について解説したい。

1.電力システム改革の目的とは

 英国で1990年に電力自由化が行われて以来、欧州や米国でも送電会社の分離や独立系統運用機関(ISO)設立などの形で発送電分離や小売全面自由化が進められた。その結果、初期に電気代の低下が見られた地域もあった一方、その後の電気代の値上がりによる低所得者層へのしわ寄せの政治問題化や、エネルギー安全保障・地球温暖化防止などの調和といった新たな課題につきあたりながら、電力自由化のあり方が模索され続けている。電力自由化への評価には依然賛否あるが、電力市場や自由化システムの課題や知見が蓄積されたことは確かだ。
 ところが、残念ながら、わが国では未だに発送電分離や電力市場の課題についての社会の理解は、必ずしも十分とは言えない。電力システム改革専門委員会での検討も、電力会社の解体が所与の目的のようになっては、世界の議論から周回遅れのものになり、日本の実態にあった、あるいは、消費者にとってメリットのある改革にはなり得ないだろう。
 先行する電力自由化各国の実状と課題に学び、わが国固有の事情に配慮した上で、どのような電力市場を作るのか、新たな事業の担い手は誰か、安全保障・温暖化防止との折り合いをいかにつけるか、原子力発電をどう扱うか、あるべき国の関与は、いかに民間活力を最大限に活用するか等、総合的に考え、最適な電気事業体制のあり方を真摯に検討することが社会の最重要基盤である電力システムの改革で追求されねばならないことは言うまでもない。

2.電力システム改革のあるべき姿とは

 現在、焦眉で最重要な課題は、大震災以降顕著となりつつあるわが国のエネルギー需給構造の脆弱性を、いかに解消するかだ。安全確認が済まない原子力発電の再起動が見込めぬために、化石燃料への依存度が大幅に高まっており、従来以上に安価で安定的な燃料調達の重要度が高まっている。発電分野の競争促進目的で発電部門を細切れにすれば、価格交渉力を含めた燃料調達力は低下せざるを得ないだろう。資源に乏しい我が国において燃料調達力の維持の持つ重要性を考えれば、上流の燃料調達から下流の発電部門までを統合すべきと考えられる。
 もう一つの供給面での課題は、今後の原子力の位置づけである。仮に中長期的に原子力依存度を下げるシナリオを選択する場合でも、経済性や供給力の面で当面の間はベース電源として活用し続けることが現実的である。電力会社や新電力が民間事業として持続可能な形で原子力発電を活用するためには、原子力発電事業に伴うリスクに対し現在不透明な国の責任範囲を明確化することが不可欠だ。その方策の一つとして、官民共同で原子力発電・廃炉事業などを行う新会社を新設し、既存発電所の運営を統合することも考えられる。そうした上で、原子力発電による発電量をすべての小売事業者が平等に利用できるような仕組みの構築が望ましい。さらに、国際連系線を新設し、周辺諸国と原子力発電を相互融通するオプションも考えられるのではないか。
 今後、大幅増加する再生可能エネルギーを、どのように自由化システムで活用するかも、システム設計のポイントだ。風力発電など、再生可能エネルギーは季節・時間毎の出力変動が著しいため、その変動分を火力発電などによる需給調整力で吸収する必要がある。加えて、風力発電に条件のよい立地場所は、北海道・東北・九州などの地方に偏るため、現在の9電力会社の単位毎に需給や周波数を調整するのではなく、より広域的なプール運用により需給・周波数調整を行う方式に改めて吸収する方が工学的にも経済的にも効率的だ。

 一方、需要サイドでは、今後一層の省エネルギーやデマンドレスポンスが進み、また電気自動車等の普及により、新たに利用者側での蓄電能力の活用余地が生まれてくる。IT(情報技術)との融合によりスマート化する需給調整力を、全国大の電力市場でも需要側から入札(ネガワット取引市場)に活用することも重要だ。さらに、9電力会社の区割りを超えて全国展開する企業のサプライチェーン内で最適なエネルギーマネジメントができるよう、現在の地域割を跨ぐ自己託送ニーズも高まろう。例えば、A地方での節電分を、B地方の工場で利用すると、いった全国レベルでの省エネだ。

 こうした供給・需要両面からの新潮流を考えると、全国にある需給・周波数調整能力を一括して共同活用できる電力システムや、新電力や消費者などの系統利用者から見て9電力会社の区割りを意識しないネットワーク利用制度に移行する方向性が求められているのではないか。
 今秋に再開される電力システム改革専門委員会の検討では、欧米諸国の前例に倣い
 ① 機能分離型: ISOの設立による系統計画・運用の中立化
 ② 法的分離型:電力会社の送配電部門を持株会社のもとで分社化
の2者の間の選択が予定されている。しかし、単純な両モデルの二者択一に留まらず、わが国の環境とニーズに応えるため、さらに工夫を凝らした電気事業の再構築が必要であろう。

3.全国ISOをベースにする電力システムモデルの試案
 
 国際環境経済研究所の澤所長は、独自の電気事業新体制モデルとして「東日本卸電力構想」を提案している。本稿では、そのモデルを電力システム改革検討の手掛かりとして、それをさらに具体化させる広域独立系統運用機関(ISO)設立を仮定した場合、どのような広域パワープールが実現され、澤氏の構想に近い形態が実現されていくのか、その実現性を検証してみたい。

図1 全国ISOの運営する全国パワープールと電気事業体制

 図1に構想のイメージ図を示す。まず、新しい広域パワープールは、2020年までに東西の異なる周波数区域をつなぐ連系設備容量が210万kW(原子力2基分)に拡充され、その後300万kW(原子力3基分)への拡大も検討されていることから、最終的には「全国プール」として運用されることを目指すものとする。この全国パワープールに参加する全国の市場参加者は、自社電源保有や相対契約などにより発電・小売からなるグループを作って、30分単位毎の需給バランスを確保する(以下では欧米の例にならってバランスグループと呼称する)。パワープールでは、バランスグループ間の電気の過不足が全国大の市場で取引される。各バランスグループの電源の発電コストを比較し、燃料費の相対的に高い限界電源の運転を止め、代わりに安価な電源を運転させる(メリットオーダー)ことで、バランスグループや地域の枠を超えて全国単位での経済性が追求される。その際、東西間の連系容量として200~300万kW程度が利用できれば、相当な効果が期待出来る。
 全国パワープールを管理する主体は、全国単一の系統運用者・ISO(全国ISO)である。ISOは独立機関として電力会社所有の流通ネットワークの混雑を管理したり、設備拡充・補修停止などの計画立案を中立的に行うとともに、各バランスグループが自らの需給バランス(30分同量など)をはかってもなお残る需給のずれを、全国リアルタイム市場と全国周波数調整市場によって一括して調整し、全国の周波数を安定化させる義務を負う※1。前者はバランスグループや発電者に対して、入札価格データと需給状況に基づいて発電出力基準値をISOが指令する市場であり、後者は市場で翌日の周波数調整に参加する電源を決めてISOから周波数調整信号を送信する市場となる。
 系統利用者(発電事業者、小売事業者)から見ると、全国の電力ネットワーク利用サービスの提供者は、電力会社ではなく、すべて中立的なISOに一元化される。また、送配電資産は電力会社が所有を継続しながら、ISOにリースされ、その運用機能もISOに移管される。ただし、実際の、送配電資産の建設・保守・運転に関しては、資産を保有し続ける電力会社が、その責任として行う。
 ISOは、電気の物理的な運搬限度(ネットワーク制約)に達しないよう、市場メカニズムを活用した効率的な需給調整を行う。このために、欧米市場で実績のある、ゾーン価格もしくは地点別価格(LMP)別の電力取引制度を、全国リアルタイム市場で導入する。これによって、既存ネットワークの容量と全国の需給調整力を最大限活用でき、再生可能エネルギーの出力変動への対応や、メリットオーダーによる経済性追求、全国規模のデマンドレスポンス力の統合、等が可能になる。また、送電線の混雑箇所の増強を中立的に決定するため、基幹系統の増強計画策定権限そのものをISOに移管する必要がある。さらに全国ISOは、国際連系の検討を行う主体ともなるであろう。

※1)わが国は50Hzと60Hzの2つの周波数を使っているため、全国ISOが一括して全国の周波数調整を行うとの提案は奇異に感じられるかも知れない。しかし、例えば以下のように工夫すれば周波数調整を50Hz、60Hzの壁を越えて全国一括で行うことが可能である。まず50Hz、60Hzの周波数偏差から、50Hz、60Hz地域毎の需給アンバランスを算出する。これらを合算して全国での需給アンバランスを算出する。計算された全国需給アンバランスがゼロになるように各バランスグループや発電者に出力調整量を配分する。その際、50Hz地域の発電機群への出力調整配分量と、50Hzの需給アンバランス量との差分を、50Hzから60Hz地域に周波数変換設備を通じて融通するように制御する。このようなリアルタイムでの融通量制御により、あたかも一つの周波数である場合と同じように、全国での周波数制御が可能となると考えられる。

 今後、現在の主要9電力会社は、新しい全国パワープールという単一の土俵で各社の供給エリアを越え、発電・小売部門において相互に競争することになる。さらに、将来的には、燃料調達や発電部門を統合し、全国で2~3の電力グループへの再編も現実的な視野に入ってくる。他方、エリア毎の送配電は、従来通りの事業体制が継続される。こうした環境変化に対応する方策の一つとして、新たに持株会社を作り、各社の発電部門を統合しつつ、送配電を行う電力会社をそのまま継続する、という戦略が考えられる。もし将来的に発電部門の統合が進み、寡占の問題が顕在化する場合、全国での市場支配力を規制する必要が高まれば、市場取引価格を可変費(増分燃料費)ベースのコストプールとして規制対象とすることも可能だ。すでに紹介した米国のISOであるPJMなどで一般的に行われているように、電力会社や新電力会社が発電設備を自己保有したり、相対契約により確保することを許容し、長期相対契約によって電源に対する投資インセンティブが確保されやすい仕組みとするが、さらに容量市場などにより発電部門の固定費が適切に回収できる仕組みを別途設けることも必要となると考えられる。
 自己保有や相対契約を行った電源の運転スケジュールは、バランスグループが自ら決めてもよいが(セルフスケジュール)、かならずそのスケジュールをISOに提出するとともに、需給ひっ迫時はISOの指令に基づいて、上限出力までの増出力を行うことを求められる。

図2 全国ISO導入後の電力会社の体制例

 原子力発電機能は、各電力会社から分離し、官民共同出資の原子力発電企業に集約する(図2)。その発電量は、先渡し相対契約や全国パワープール(リアルタイム市場や容量市場)へ卸売りされるが、その販売収入のみで廃炉などの事業費用が不足する場合は、不足分をストランデッドコスト(回収不能費用)として、託送料金に上乗せし全国の利用者の負担にするなど、長期の持続可能性に配慮した設計が必要である。
 小売や需要家サイドでは、競争活性化のため、より多様な参加者の参加を促すことが重要となる。新電力などの小売会社は、相対取引や市場で確保した様々な電気を組み合わせ、ユーザーのニーズに応じた新しいサービス展開が可能になる。また既存の電力会社も、新たな小売会社を別に設立して、互いのエリアを跨いだ競争を行う。需要家のデマンドレスポンスも、その管理・集約を行うアグリゲータなど、新ビジネスを誘発し、それを通じて市場参加が容易になる。確定数量契約(あらかじめ受給する電気の量を確定させる契約)を有し、ISOに需給計画を提出できる大口需要家は、アグリゲータを介さずに市場に参加出来るようにする制度設計も可能である。
 アンバンドリングで大きな課題となる、「電力会社の営業・配電(営配)分離」の問題も、米国ペンシルバニア州の事例などを参考に整理すれば、さほど大きな課題とはならない。現在の電気事業法では需要家の一般用電気工作物の調査義務を電気の供給者(小売事業者)に課している。例えば、全面自由化後はエリアの送配電事業者に課すことにすれば、現状の電力会社の営業・配電部門における現業業務の大半は、エリアの送配電事業者の業務として仕分けされ、問題は顕在化しない。
 また、ユニバーサルサービスや需要家保護の要請には、送配電設備を保有する送配電事業者に需要家へのスタンダードオファー提供義務(予め届け出た標準約款による供給を行う義務)を課す。標準約款以外の条件で供給を行う場合には、別途、小売会社を設立することを求めることになる。その場合、新たに設立される別会社は、新電力会社と共に、おそらく全国区で競争しながら供給を行うことになるだろう。

4.全国ISO設立時の課題

 上述の新たなシステム像は、要となる全国ISOが適切な機能・権限を与えられれば、十分実現性がある。ただし、実際の移行にあたっては、以下の諸課題の解決が必要だ。
 第一に、ISOや卸電力市場への規制には、高度の工学的・経済的専門性が求められる。さらに、政治や行政からの独立が不十分だと、託送料の水準や連系線計画への不合理な介入の余地を与えかねない。こうした事態を避けるため、高度の専門性を有する独立規制委員会を設立して、ISOや卸電力市場の監視にあたることが最適ではないか。このように、ISO設立に合わせ、規制体系も抜本的な見直しの必要がある。
 第二に、新たな電力市場の運営者として、最新のビジネスの知見や自由な創意を極力取り込むよう、先進的な取組み主体とすることが重要だ。今後、普及が進むスマートメーターの情報などもISOが一元的に管理・提供し、新たなスマートグリッドの担い手としても位置づけてみてはどうか。
 第三に、ISOの運営には極力、民間活力が利用されるようにすべきだ。ISO事業には、公的な側面が大きいが、ISOの運営するシステムは、情報開示などの利用者サービスを向上させつつ、業務効率を最大限に高める必要がある。さらに、将来のエネルギービジネスの環境変化に柔軟に対応できる拡充性への配慮が重要だ。その意味で、ISOを天下り機関としないためにも、収益性を出資者(産業界や金融界)が監視する会社組織とすることもあり得る。

 最後に、本稿の内容をすべて実現しようとすれば大幅な制度改革になるが、ニーズの高い事項から段階的に実現していき、将来の情勢変化に柔軟に対応できるようにするという配慮が不可欠と考えられる。
 本稿は、一試案である今回のモデルの現実性を検証した。 政府のエネルギー政策は迷走を続けているが、本稿を契機に、より建設的で公益に資するアイデアが多数、民間(電力業界や産業界、金融界)から提案されることに期待したい。

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