原子力損害賠償法の改正に向けて⑥


国際環境経済研究所理事・主席研究員

印刷用ページ

 損害賠償の主体や資力に関する措置、すなわち保険又は/及び国家補償のあり方は、被災者への補償を現実化するための最も重要な課題だ。これまで度々紹介しているように、原子力災害補償専門部会の法学者委員たちは、原賠法立法当時、法制度の構築と同時に、どのような民営保険が可能なのかを検討していた。その点は、日本私法学会が当時開催したシンポジウム「原子力災害補償」での議論に詳しい(1)
 私企業が運営する原子力発電所の事故での補償については、まず民間の保険でカバーすることが前提と考えられる。しかし、民営保険である以上は、引き受け可能な危険の範囲・性質にも、そして量(保険金額)にも当然制限が生じる。今回の事故の東京電力の賠償措置額(民間保険又は/及び政府との補償契約への強制加入により確保されていた事業者の支払い能力)も、地震と津波が原因となっているため、民間保険の保険金支払いは免責となり、政府補償契約による1,200億円が手当された。
 立法当時、原賠法第8条に定める民間保険会社との原子力損害賠償責任保険契約が1施設あたり50億円(*数次の改訂を経て現在1,200億円)と定められたのは、当時日本の損害保険会社全てが共同で「原子力保険プール」(*保険会社による原子力保険の共同引受機構。1960年国内損害保険20社により結成された)を結成し、さらに海外の再保険引受(*危険分散のため、保険会社が引き受けた責任の一部又は全部を他の保険会社に転嫁すること)を含めても、確保しうる民営保険がその金額であったからだ。
 そして、①賠償額が保険金額の50億円以内であったとしても免責条項その他により生じる「穴」、②賠償額が50億円を超えた場合のexcess lossという「穴」、それぞれを埋めるには、国家補償が出ていかざるをえないとの議論に立っていた。故竹内昭夫東京大学名誉教授は、国の関与について、①国が民間の保険を再保険する、②民営保険に上積みして国家補償を行う(a:民営保険が引き受けない部分についての国営保険、b:法律上の義務として行う補償、c:原子力事業者との契約によって補償を行う補償契約)など様々な態様を挙げて整理したうえで、「国内のすべての保険だけでなしに国外の再保険を利用しても、なお完全な被害者保護を図れないとすれば、国家補償より方法はない」と報告している(2)。今後、我が国が原子力事業を継続していくという選択肢をとる場合には、「被害者を泣き寝入りさせない」という法の目的を達するためにも、官民のリスク分担はどうあるべきかについて、制度のあり方を根本から検討し直さねばならないだろう。
 これは、今後原子力関連事業を推進する主体(があるとすれば)が誰になるのか、あるいは、原子力発電所の稼働に責任を持つ安全審査を誰が担うかということとも直接的にリンクしうる問題となる。依存度の割合は別として、多少なりとも原子力関連事業を継続するならば、出来るだけ早く、発電所立地地域の方達が事故の被害を受けたときの賠償についていささかの不安も抱かずにすむよう、事故時の損害賠償資力をどのように確保するかを明確化する必要がある。我が国で原倍法が初めて適用された1999年茨城県東海村で起きたJCO臨界事故等の契機にも制度の抜本的見直しが図られず、福島原子力発電所事故をむかえてしまったことは、痛恨の極みだ。

事例-米国スリーマイルアイランド事故関連費用について-

 これまでの議論を踏まえた上で、過去、人類が経験した原子力発電所事故の中から、賠償に関する事例として、米国スリーマイルアイランド原子力発電所(TMI)2号機の炉心溶融事故に関わる費用の分担・回収方法を紹介したい。

(1)概要
 TMIを所有するGPU(General Utility Corporation)は、米国北東部のペンシルベニア州、ニュージャージー州で電気事業を行う垂直統合型事業者3社の持ち株会社で、その電力供給子会社3社はTMI1号機、2号機(出力各89万kW、96万kW。PWR)を共同所有していた。
 当時は両州とも、電力小売市場は自由化されておらず、GPU子会社3社の電気料金は、それぞれの州の規制機関による規制料金であった。
 GPUは当時米国で17番目に大きい電気事業者であった。資産規模は46億ドル(現在価値で約1.4兆円)、需要家数は150万軒、売上高は13億ドル(約4,000億円)。
 1979年3月28日、TMI2号機において冷却ポンプ故障と操作ミスから、炉心溶融と水素爆発が発生。発電所外への放射性物質の放出も確認されたが、地域住民の平均被ばく量は0.01mSvと推定されている。
 1号機は定期点検のため停止中であり、2号機事故の物理的影響はほとんどなかったものの、1985年まで再稼働できなかった。

(2)事故に伴って発生した主な費用
 ①周辺地域への原子力損害賠償費用―0.71億ドル
 風評被害の賠償、裁判費用等含めて0.71億ドル(約200億円)―全額保険で賄われたため、損害賠償に関するGPUの負担は無かった。
 ②発電所停止に伴う代替電力調達費用―約6億ドル
 GPU傘下の3社は卸電力市場から代替電力を調達。1979年4月から1981年6月末までの27か月だけでも約6億ドル(約1,800億円)に達した。(TMIの発電単価は0.4セント/kWhに対し、卸電力市場からの調達費用は4セント/kWhと10倍)。この費用は1979年6月、両州規制当局により電気料金への転嫁が認められた。
 ③追加的廃炉準備費用―9.7億ドル
 2号機の安定化、燃料取出し、原子炉格納容器の除染など、通常の廃炉費用(別積立て。ただし、2号機は営業開始から間もなかったため、廃炉費用の積立てもほとんどなかった)とは別の追加的廃炉準備費用は9.7億ドル(約2,700億円)と、GPUの年間売上高にほぼ匹敵する額となった。同費用の電気料金転嫁を当局に申請したものの認められず、資金繰りが悪化した。

(3)ペンシルベニア州知事による裁定
 事故発生から2年4か月後の1981年7月、莫大な廃炉費用により、GPUの経営破たんが現実味を帯びる中、ペンシルベニア州ソーンバーグ知事が社会全体での費用負担を提案した。①事故は国難であるとともに廃炉技術の蓄積は国家利益追求の良いチャンスであること、②公衆の安全・健康のためには遅滞なき廃炉準備作業が必要であり、そのためにはGPUの財務健全性を確保すべきである、③GPUに加え、原子力の利益享受者、責任者も費用を負担すべきである、という原則に基づく「三方一両損」的提案である。具体的な費用分担案については第1図を参照されたい。

図1

 なお、株主責任については、株価が7割低下、配当も停止していたこともあって議論の俎上にはのぼらなかったが、事故直後はGPUを糾弾する論調も多く、GPUの全額負担を求める意見も多くあったという。

 関係者の中には提案への拒否反応もあった模様だ。
 
 今となっては当時の新聞記事等を手掛かりに推測するほかないが、連邦議会議員の中にも州政府と需要家の負担で対応すべきとの意見があったのを、ソーンバーグ知事が自案を丁寧に説得して回った様子がうかがえる。最終的に、巨額の廃炉準備費用は事業者の経営合理化等による資金ねん出で賄きれるレベルのものではないことを関係者が共有し、現実的な解決策として受け入れられた。
 これにより、廃炉準備費用ねん出の道筋がつき、GPUの経営も安定したため、電力の安定供給を維持しつつ廃炉準備に向けた事故処作業も順調に進んだという。1993年に事故関係作業は無事完了している。

 翻って福島原子力発電所事故の対応状況を見るに、東京電力は、巨額の賠償費用、廃炉費用等に加え、火力で原子力を代替するに伴う燃料費の急増という二重、三重の負担を背負っている。こうした状況下では、通常東京電力はすでに倒産・破産していておかしくないはずだが、現在の原賠法や機構法では、東京電力は莫大な債務を抱えながら、通常営業を行い、いつまで続くかわからない債務返済を続けていくことが前提とされている。こうした状況は持続可能とは言いがたく、TMIの例にあるような、強力なリーダーシップを取れる人材・政治の判断が求められるとともに、東電の賠償スキームを定めた機構法の付則にあるとおり、再検討が宿題として義務づけられている原子力損害賠償法の見直しに、早急に着手することが必要である。

参考文献
(1)私法22号
(2)竹内昭夫「保険および国家補償の問題」私法22号

記事全文(PDF)