ようやく、現実的エネルギーミックス選択肢が提示された!
—政府の選択肢は案にならず―
澤 昭裕
国際環境経済研究所前所長
6月末に政府のエネルギー・環境会議が示した2030年のエネルギー選択肢は、その内容や背景が明らかになるにしたがって、専門家の間では、経済の史的事実や現在の実態、技術の現状と見通しなどを無視したひどいものだという認識が広がってきていた。産業界もこうした認識を共有し、こうした選択肢では日本経済の活性化が図られるどころか、空洞化が進み基礎的な経済基盤が崩れるという懸念を示してきている。
こうした中、(公財)地球環境産業技術研究機構(RITE)システム研究グループの秋元圭吾氏らのグループが8月3日に、よりバランスが取れた現実的に達成可能な選択肢を公表した。ここではその要旨を紹介したい。ご関心の向きは、直接RITEのホームページにアクセスしていただきたい。
http://www.rite.or.jp/Japanese/labo/sysken/systemken.html
この選択肢のエネルギーミックスは、結論から言えば、
1) 原子力 25%
2) 火力(化石) 53%
3) 再エネ 22%
としつつ、炭素価格を150㌦/t−CO2にしてそれなりに野心的な温室効果ガス削減目標を狙うというものだ。
私は、これまでエネルギー安全保障と経済に悪影響を与えすぎないミックスとして、直観的に原子力20%、火力60%、再エネ20%と主張してきたが、それに近い組み合わせだと感じた。私の数値案は、原子力に対する厳しい現状及び現状我が国にとっての地球温暖化問題の政策的プライオリティ低下(国内よりもグローバルな削減に技術協力するという政策にシフトすべきということ)を考えたものだ。一方、RITEの代替選択肢は、私の案に比べれば、CO2削減に重点を置いたものだと解釈できる。
そもそもこうした代替選択肢提案が出された背景は、エネルギー・環境会議の選択肢のさまざまな前提条件が、根拠なく楽観的にすぎるからである。その結果として、さまざまなモデルで分析された経済影響が、実際に起こりそうなことよりも、過小に推計されてしまっている。
RITEの分析によれば、エネルギー・環境会議の選択肢では、
「-経済分析の基準とするGDP成長率と発電電力量の関係に、過去の実績とは大きな乖離あり(経済成長を見込むのに、発電電力量はほとんど増えないという、これまでなかった想定—筆者注)。仮に発電電力量の見通しの方が妥当とするならば、想定したGDP成長は期待できず、マイナス成長が予想されるようなもの
-いずれの選択肢でも再エネ比率が高いため、発電コスト、電気代の大きな上昇が見込まれる。」のである。
経済分析の基準とするGDP成長率と発電電力量の関係を、過去の実績と大きく乖離しない程度まで修正したRITEの分析結果は、原発25シナリオでは年率0.8%程度、原発ゼロシナリオでは年率0.5%程度の成長率に。これでは、政府の慎重シナリオの1%成長さえ大きく下回る。
また、エネルギー・環境会議の選択肢は、どれも経済への影響よりもCO2削減目標を優先しすぎている。「原発比率の拡大が困難な状況にも関わらず、いずれの選択肢でも、CO2排出削減を大幅に見込んだものとなっているため、経済影響等が大きいものとなっている。」というのがRITEの見方だ。
政府がこうした思考パターンに陥る背景は、いまだにあの非現実的な温室効果ガス1990年比2020年▲25%削減という「鳩山目標」が亡霊のように生きているからに違いない。その証拠に、エネルギー・環境会議の選択肢の解説文書には「原発依存度を下げ、化石燃料依存度を下げ、CO2を削減するというシナリオを用意し、その中でも経済性という要素も加味して、エネルギーの選択をしなければならない。」(太字筆者)とある。つまり、経済性というのは「刺身のつま」か「香辛料」程度の扱いでしかないのである。
具体的には、エネルギー・環境会議の指定する「参照ケース」(秋元氏の分析にあるように、これ自体が達成困難)までは、コストゼロでCO2削減がなされると想定されているうえに、選択肢のどれを選んでも、国際的な炭素価格水準から大きく乖離した限界削減費用が想定されているという。実際には、炭素価格(限界削減費用)が世界水準と大きな乖離すれば、日本からの産業(及びCO2排出)のリーケージを生み、国内経済に大きなダメージをもたらすと同時に、世界全体でのCO2削減にはあまり寄与しなくなってしまうのだ。
これに対して、RITEの代替選択肢提案では、「国際的な炭素価格水準30~50$/tCO2が国内対策としても合理的な水準であるものの、それを大きく上回る150$/tCO2程度までの対策を戦略として想定。一方、エネ環会議選択肢で推計される500$/tCO2を超えるようなレベルよりはバランスの良い対策を想定」している。「このとき、GHG排出量は、エネ環会議選択肢の原発25シナリオの▲25%(1990年比)よりも小さい▲10%程度。(しかし、これでも国際的な炭素価格水準を大きく上回る150$/tCO2程度を想定したものであり、ぎりぎりの対策と考えられる。)」という現実的な姿が描かれている。
そもそも、ダーバンでのCOP17で、2020年以降の京都議定書の後継枠組みは、これから交渉するということになったことを踏まえれば、いま急いで日本の国内目標を決める必要はない。むしろいま必要なのは、国際的に鳩山目標を撤回し、国際交渉が本格化するまでは、削減目標についての手のうちをさらさないということが重要なのである。
RITEの代替選択肢提案は、上述のような認識に立ち、より蓋然性の高い想定をおいた場合の経済影響の大きさの推計及びより蓋然性の高い分析を通して、より実現性の伴ったエネルギー・環境戦略に関する選択肢はいかなるものが考えられるかの検討を行ったものだ。
CO2や経済成長と発電電力量との関係について前提を見直し、さらに、再エネ比率を、エネルギー・環境会議の選択肢の原発25シナリオにおける25%よりも若干引き下げ、22%を想定した(これによって、参照ケース比の発電コスト増は、同じ原発25シナリオの場合、+2円/kWhから、+1.4円/kWhに抑制可能)。
以上の想定の下で、原発25%のシナリオの経済影響を分析すると、2030年のGDP損失は参照ケース比で2%程度であり、経済成長率としては1.15%程度となり、政府の慎重シナリオの1%は確保されるものとなる。(ただし、参照ケースとして1.3%成長を想定した場合)。また、失業率の増大、可処分所得の減少なども大幅に緩和されると見込まれる(下図参照)。
政府は、この2ヶ月間国民的議論と称して、意見聴取会を各地で催しているが、ヤジと拍手の連続では、落ち着いた議論ができない。原発容認派も反対派も、言葉によるスピーチ合戦では建設的な議論になっていかない。こうした中で、ここに紹介したRITEによる代替案の提示のような動きは、高く評価されるべきだ。
今回政府では、「討論型世論調査」という手法を試そうとしている。そもそもエネルギー問題のような複雑かつ専門的知識が必要な政策分野になじむのかどうか疑問だが、少なくとも今回のRITEの代替案なども、その場に取り上げられて政府案と比較説明されるべきだろう。こうした定量的なデータとその背後にあるシナリオや政策が、セットで議論が進むことを期待する。
(参考資料)
エネルギー・環境会議選択肢に替わる選択肢の提案(RITE)