発送電分離問題の再考②-2
発送電分離=市場化のリスクをどう考えるか?
奈良 長寿
海外電力調査会調査部 上席研究員
英国における発送分離の帰結
発送電分離後の帰結として最も大きな事象は、ビッグ6への収斂と再垂直統合化(発電と供給)への動きであろう。自由化後、英国では26社にのぼる小売事業者が参入したが、ほぼすべてがビッグ6に吸収されている。また、ビッグ6はIPPの吸収や発電所の建設を通じて、供給量の多くを自社電源で確保している。英国の卸電力市場は最も活発という印象が強いが、実際には、欧州のなかで最も活気を失った市場と化している。発送電分離をいち早く実施し市場化を進めた結果、市場リスクが増大し、大規模・垂直統合事業者でなければ生き残れなくなってしまったことが背景にある。
特に2001年の米エンロンの倒産によって卸電力市場に信用不安が広がり、信用度が低い新規参入者は資金調達が困難となるばかりではなく、卸電力市場からも事実上、締め出されてしまった。
欧米の規制緩和は「発電と供給には自然独占性はない」という理論の下で始まった。しかし実際には、資本調達力や卸市場での信用力、バーゲニングパワー、トランザクションコスト、ノウハウ、情報収集力、ブランド力、インバランス対応力、検針対応力、規制対応力などにおいて、大規模事業者と小規模事業者とではその力に歴然の差があり、結局は統合というルートをとることとなった。これは英国に限らず、欧州全域で見られる現象である。そして今、欧州の規制機関は自由市場における寡占という問題に直面している。
一方、英国では競争導入に当たって、国有財産の安売りや老朽原子力の処理など表面に現れない莫大なコストを伴っている。国有財産の売却額は、市場化という前提の下で、独占を前提とした価格に比べて大幅に引き下げられている(当時、国有財産の安売りとしてメディアが批判)。老朽原子力の処理については、その多くを税金(化石燃料課徴金:数年間にわたって電気料金の約10%に設定)で回収している。また、制度変更に伴う直接的なコストも数百億円単位で発生している。このようなコストを積み上げると、結果的には、国有事業者を独占のまま民営化し、インセンティブ規制を導入してコストを削減させた方が効率的であったという指摘もある。ただし、この比較は現実には不可能であり、定量的に分析した論文はない。
今後、英国の電気事業は、温暖化ガスの削減や再生可能エネルギーの大量導入、スマートグリッド化といった社会の要請に応えなければならない。現体制は競争の導入を一義的な目的として策定されたものであるが、英国では今後の目的に照らして、再び制度論議が活発化し始めている。制度に帰結はなく、走りながら考えているのである。
本稿では英国の事例を参考に発送電分離とはどういうものかを見てきたが、フェアを追求しない限り効果が限定的になるばかりか、矛盾や歪が出てくる。日本では、PPS(特定規模電気事業者)などが発送電分離を要求し、多くの学者がそれを正当化すべく理論を展開しているが、果たしてそれが、社会全体の厚生を増大させることにつながるかどうか、徹底的な分析が必要となろう。