グリーン雇用という「神話」


国際環境経済研究所前所長

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 温暖化問題で論争の的になっている一つは、いわゆる「グリーン成長」が可能かという点である。具体的には、温暖化政策を進めること(主に規制的手段)で雇用を生み出し、経済発展をもたらすことができるかということだ。

 英国政府はグリーンエネルギー(太陽光や風力など。ここでは水力は含めない)を推進しているが、その政策目的として、エネルギーの安定供給に加えて雇用の創出を挙げている。しかし、本当にそれが可能なのか、懐疑的な見方が英国内から出てきた。エジンバラ大学の経済学者であるゴードン・ヒューズ(Gordon Hughes)教授が最近公表した論文(The Global Warming Policy Foundation GWPF Report 3)は、現実のデータ分析に基づいて、「グリーン雇用は神話だ」と結論づけている。この論文は、単に英国にとどまらず、日本を含む各先進国が同様の経済成長戦略を政策としていることから、大きなインパクトを持つだろう。興味深い分析内容を以下に紹介していく。

雇用増は経済政策の結果にすぎない

 ヒューズ教授は、そもそも経済発展への貢献として(あるいは政策判断の指標として)雇用の創出を指標として取り上げることを疑問視している。マクロ経済の視点では、政策評価指標としては付加価値の創出や社会的便益に与える影響に着目したものの方がより適切であり、雇用数は不適切だと教授は指摘する。雇用増加が価値を生み出すのは、その雇用によって新たにつくり出される生産高の価値が当該雇用によるコストを上回る場合に限られるからだ。ヒューズ教授はわかりやすい例えで、雇用の創出を指標として取り上げる誤りを示す。

 『ここで2種類の小麦を作付けすることを考えよう。肥料や必要な機械、栄養素などの条件は同じと仮定して、それぞれ同量を生産するためには、小麦Aは1ヘクタール当たり50時間の労働が必要で、小麦Bは100時間の労働が必要であるとする。このとき、多くの雇用を“創出”しているのは小麦Bであるが、経済政策として小麦Bを採用することは正しい選択なのであろうか?答えは自明である。雇用を創出することを理由に小麦Bを選択することは経済を歪めることだが、実は、この議論はグリーンエネルギー推進論者が提唱している議論そのものだ』

 雇用が増加するか否かが問題ではなく、雇用の結果、①社会全体の便益あるいは経済活動が活発化したか、②短期的に経済活動が変化しない場合でも、将来の経済活動が活発化するかどうか、が問われているのである。

 ヒューズ教授は「グリーンエネルギー導入という公共政策を評価する上では、最も低コストで排出削減を行うことに焦点を当てるべきである」と主張する。なぜなら、温暖化対策推進派と慎重派の両方のグループに利益をもたらすことができるからだ。すなわち、推進派にとっては、低コストの技術を採用することでより大幅な排出削減が可能となり、慎重派にとっては、政策実施に伴う費用を最小化できる。温暖化政策を推進する理由として雇用の創出を挙げることは、大衆の目をごまかすことはできるかもしれないが、経済的な合理性を伴わないという大きな弱点があるのだ。

 マクロ経済的には、予算政策、財政政策、為替レートなどのフレームワークが雇用の増減に大きく影響するが、グリーンエネルギー推進は長期的には雇用の増減に影響を与えない。雇用機会の移動が生じるのみだ。例えば、風力発電の実施で土地所有者は土地代を手にし、地元は風力発電のメンテナンスのための作業労働が増えるが、一方で家庭や会社が支払う電気代が上がれば、これらの影響で電力を使用する会社の利益は縮小、法人税などの納税額が減少し、従業員の賃金引き上げも抑制される可能性がある。電気料金値上げで雇用機会が失われる作業員は出るかもしれず、彼らは別の(安い賃金での)雇用を提供する会社に移るかもしれない。このように、高額の電気料金の支払いを余儀なくされる会社の従業員や株主は最も大きな被害を受ける。所得分配や雇用機会の構造変化は生じるが、経済全体でみた場合には、長期的には雇用増減に大きな影響はない。これが、ヒューズ教授の見立てである。

 グリーンエネルギーを推進する場合の影響については、日本でも多くの研究機関が経済分析を行っているが、肝心なことは、分析のフレームワークにおいて、雇用数増加を単独で政策推進の目的とすることがないように注意することだ。政策目的とすべきは、経済活動が活発化するかあるいは国民の便益が全体として増えるか否かであり、雇用は結果に過ぎない。

グリーンエネルギーの真のコストは何か?

 グリーンエネルギー導入の評価ではその発電コストが重要である。しかし、風力発電とガス火力発電を発電設備容量(KW)あたりのコストで比較しても意味がない。ヒューズ教授によると、英国の風力発電の稼働率は30%以下で、なかには20%に満たないケースもある。対照的に新しいガス火力発電は、稼働率が85%に達することも珍しくない。風力発電の稼働率が30%、ガス火力発電が85%と仮定すると、コストを比較するためには、50万kWのガス火力発電と140万kWの風力発電を比較しなければならない。しかも、時々刻々変化する需要に対応して発電する必要があるが(蓄電池という選択は、現状ではコスト面で現実的ではないことが多い)、出力が自然任せでコントロールできないグリーンエネルギーの導入量が増えれば、その出力が急激に落ちる場合のバックアップ調整電源のコストが無視できなくなる。

 ヒューズ教授の分析では、初期投資額10億ポンド(約1200億円)のガス火力発電と同等の電力を風力発電によってつくるためには、関連するインフラも含めて95億ポンド(約1兆1000億円)もの投資が必要となる。もちろん、これは初期投資額であるため、燃料費の必要のない風力発電は、コスト面でも比較優位になるのではないかとの反論もあろう。しかし教授は「バックアップのガス火力発電は、待機中の効率が低いためにむしろ燃料費は逆にかさむことになる。この費用を考えると、燃料費に関する風力発電の優位も確かではない」と結論づけている。すなわち、バックアップ調整電源のコストは、その設備自体のコストではなく、グリーンエネルギー電源に賦課配分されるべきものだということだ。

 ヒューズ教授は、英国の実例を基に、原子力やガス火力、風力などの発電源別に投資額あたりに生み出される賃金を分析している。詳細な分析方法は明らかではないが、10億ポンド(約1200億円)をそれぞれの発電源に投資した時の効果を計算したものが、下記の表1(Table2)である。表中の「A」は投資の直接効果、「B」は間接効果を含んだ結果である。

 直接効果と間接効果で最も違いが大きいのは、水力発電である。水力発電の場合、建設費用が最も大きなコストになるため、建設作業員の消費効果が大きく見込めるのだ。しかし、その他の発電源を見ると、経済効果(投資額あたりの賃金)という点で、グリーンエネルギーが優れているとの結論は得られない。特に太陽光や太陽熱は他の発電源に比べて効果が少ない。したがって、このデータから見ても、グリーンエネルギーの推進が雇用に有利だとの結論は導き出せない。労働者に有利な投資を選ぶとすれば、水力発電を推進すべきだということになる。

 それでも、グリーンエネルギーに多額の投資を行うことで経済効果を導くことが可能と主張する向きもあるだろう。しかし、投資資金は社会的便益創出力がより高い他の投資に向かうべきであり、社会全体にとってのマイナスをカバーすることはできない。

表1.水力発電への投資は作業員への配分が大きく間接的な経済効果が大きい

表1.水力発電への投資は作業員への配分が大きく間接的な経済効果が大きい
英国の事例を基に、ヒューズ教授が投資の直接効果と間接効果を分析。数値は10億ポンドの投資に対する経済効果を100万ポンド単位で表している

オバマ政権イチ押しのベンチャー企業も倒産

 一方、グリーンエネルギーに投資することは、イノベーションを通じて将来の経済発展に繋がるとの議論もある。しかし、ヒューズ教授は米国の太陽光発電の例を引用してこれを否定する。太陽光発電は米国の得意としていた電子装置産業及びその関連産業を基盤としており、加えてカリフォルニア州などは気候にも恵まれているため、太陽光発電の発展には最も適した条件を備えていた。しかし、その発展は長くは続かなかった。2005年までは米国の太陽光発電関連機器の輸出量は輸入量を上回っていたが、2008年には輸入量が大幅に増え、米国内に設置される太陽光発電機器の半分以上は輸入品となってしまった。中国やフィリピンなどからの低価格品の普及に伴い、米国製品は競争力を失ったのである。

 太陽光発電については、オバマ政権が多額の支援をしたベンチャー企業が最近、大きな負債を抱えて倒産、政治問題化している。確かにグリーンエネルギーの技術発展が市場での普及の要因である間は、技術革新を継続しながら産業を拡大し、雇用を増やすことができるかもしれない。しかし現実は、技術開発が一定のレベルに達するとコスト競争力が普及のカギとなり、継続的に雇用を拡大するのは不可能となる。特に再生可能エネルギー全量固定価格買取制度では、将来、買取価格が低くなっていくという制度設計となっており、イノベーションは進むどころかむしろ停滞するとの批判が強まっている。

 グリーンエネルギーへの投資あるいは野心的な温暖化政策において、多くの政治家や推進派は雇用の創出を理由に挙げている。経済が停滞していて、世の中に投資分野が見いだせないような状況下では、官僚や政治家が政策的に焦点を当てたいと思うのが自然だ。しかし、ヒューズ教授が指摘するように、雇用創出のみを指標として温暖化政策を評価すると誤った結論となってしまうことに十分注意しなければならない。グリーンエネルギーの推進の効果を経済全体の中で評価する場合には、直接的雇用創出効果とともに、雇用機会の変動に伴う摩擦的失業や電気料金の値上げによる雇用減少効果などのマイナス面も同時に考えて、ネットの効果を分析する必要がある。まさにフリーランチはないのだ。

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