発送電分離問題の再考①

10年経過も効果が見えない米国ISO/RTO


海外電力調査会調査部長

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 発送電分離問題が東日本大震災を契機として再び注目されている。だが1980年代半ばから、欧米の電気事業再編を含め自由化動向をウオッチしてきた筆者としては、なぜ今、発送電分離なのか不可解な点が多い。わが国では、すでに第4次にわたる制度改革の下で、すでに機能分離されているが、このような形態になった背景には、わが国特有の理由がある。同様に、分離形態は様々であるが、欧米諸国においてもそれぞれの形態に至った独特の背景がある。

 本稿では、わが国同様、民間電気事業者が中心となっている米国における発送電分離形態の1事例である地域送電組織(RTO: Regional Transmission Organization)について評価してみたい。今後、①最もドラスティックに国営事業を民営化し、発送電分離した英国の事例、②EU(欧州連合)の送電事業の所有権分離案にあくまで反対した独・仏など、それぞれの特質を紹介する予定である。今後のわが国における電気制度改革に関わる客観的議論に資すれば幸いである。なお、本稿ではRTOとISO(Independent System Operator)を同義語として使う。

苦肉の策として登場した米国の送電組織RTO

 米国ではRTOと呼ばれる組織が、送電線の開放による競争促進と広域系統運用によって、より効率的な電気事業体制を構築すべく設立されている。

 下の図が示すように、現在7つのRTOが運営されており、これら組織がカバーする人口は2億人近くに上る。RTOは、自由化の動きが顕著であった1990年代後半に、州際卸取引や送電料金を規制する連邦エネルギー規制委員会(FERC)が競争促進策として推奨した結果、設立されたものである。

 この組織がユニークなのは、送電線所有権を電力会社に残したまま、その運営権をRTOに委ねた点である。本来ならば、所有権と運営権を有した送電専業事業者の方がRTOよりも望ましい。だが、民間電気事業者に送電線を強制的に売却させる法的権限が当局にないというのが当時の一般的考え方であったため、苦肉の策として出てきたアイディアがRTOという組織形態であった。現に、カリフォルニア州の電気事業再編で当時最も影響力のあった公益事業委員会(CPUC)は、州内の民間電気事業者所有の送電線を売却させ、単一の送電会社設立が好ましいと考えていた。しかし、法的に強制は難しく、設立のためには3~5年の準備期間と多額のコストが伴うため断念している。

米国のISO/RTOマップ。7つのRTOが広範な地域に電力を供給
米国のISO/RTOマップ。7つのRTOが広範な地域に電力を供給

運用経験なく大停電引き起こしたCAISO

 7つのRTOは、いずれも1998年~2002年に運用を開始している。以後、新たなRTOは一つも設立されていない。この事実が、後述するRTOにまつわる問題を物語っている。RTOのなかで比較的早い時期に設立されたのが北東部のISONE、NYISOとPJMである。これらは、もともと電気事業者の協調組織であるパワープールを形成していた地域にできたRTOである。

 パワープール制度は米国電気事業の特質であり、その後の電気事業再編の基盤を形成している。もっとも、パワープールごとの協調の程度はさまざまで、北東部のパワープールは参加者に対し広範な義務を課し、参加する電気事業者が単一系統のごとく計画、運用されていた。PJMなどは大恐慌よりも前、1927年にペンシルバニア州とニュージャージー州の電力会社3社によって設立された米国で最初の組織で、わが国の電気事業制度改革でも度々取り上げられている。PJMは全米で最も流動性のある卸電力市場と評価されており、また地点別限界価格(LMP)に基づいた送電線の混雑管理などで有名であるが、運営ノウハウはパワープール時代に培われたものであり、それを基盤にしてノーダル価格制など斬新なシステムを構築したものだ。これまで比較的成功裡に運営されてきた背景にはパワープール時代の経験がある。

 加えて、米国では自由化以前から、卸取引が活発に行われていたのもわが国電気事業と異なる点であることを踏まえておく必要がある。投資家所有の民間電気事業者が米国でも主たるプレーヤーであるが、発電設備を持たない小規模な公営配電専業事業者なども多く、古くから卸電力市場が存在していたことが米国電気事業の特徴の一つである。

 北東部のRTOに対し、カリフォルニア州のCAISOは同州の電力再編法により、まったく新たに誕生したものである。一夜にして設立し、運用開始したような組織であり、北東部のRTOのような広範な地域を対象にしたパワープール運用の基盤がなかったことも、同州で発生した電力危機の遠因であるといえる。また、現在のRTOは卸電力市場も兼ねているが、カリフォルニア州では電力取引市場(PX)とCAISOが別個の組織として設立されていた。発送電の一体的運用という大前提を無視した制度設計に欠陥があったといえる。現存するRTOは、同州のCAISOを含めすべて系統運用という技術的側面と、卸電力市場という市場運営の双方を兼ねた組織となっている。

米国政府説明責任局がRTOの支出内容にメス

 FERCは、RTO設立により効率的な発送電運営が可能となり、最終的には需要家の料金値下げに帰結することを期待している。RTO設立を推奨した委員会令である「オーダー2000」では、RTOが設立されれば少なくとも年間240億ドル(1兆9200億円)の便益がもたらされると喧伝していた。

 複数の電気事業者の送電系統を統合することにより、送電グリッドのさらなる効率化や発電事業者が電力市場にアクセスしやすくなる点など、RTOが便益の機会を提供すると考える関係者は多い。しかし、RTOという組織なしに、こうした便益を実現できると考えている関係者もいる。また、RTO設立の結果として電源の一層の効率的運用が可能となることについては意見が一致しているが、最終消費者が支払う電気料金が安くなるかどうかについては意見が分かれている。これまでに、RTOに関わる1ダースくらいの計量経済モデルによる実証研究があるが、これらの研究結果からは、RTO設立による純便益がどれくらいか、卸電力価格変化のうち、どの程度がRTO効果によるものなのかどうかなどについて、明確な結論は導き出せていない。

 RTOの設立費用は、安いところで2億5000万ドル(約190億円)、高いところで5億ドル(約380億円)かかっている。さらに、設立以降のRTOの管理費(資本費+非資本費)が増加傾向にあることが指摘され問題となった。このため、米国政府説明責任局(GAO)がRTOの支出内容を精査している。この調査によれば、RTOが2002年~2006年に管理費として支出した総額は、年間9億6000万ドル(約730億円)となっている。最新のデータ(2009年)でも、RTO全体の年間管理費は約8億7000万ドル(約661億円)である。卸電力コストに占める比率から見ると管理費は1%にも満たないが、RTO運営の費用は安くない。

電力料金が高止まりしたRTO設立の北東部諸州

 卸電力コストに最も大きなインパクトを与えるのは燃料費である。PJMの例(2009年)では、発電費(設備費を除く)の変動の約70%は燃料費の変動によるものだった。同市場での卸電力価格は、限界プラントによって決められる。限界プラントは一般的にガス火力なので、結局、卸電力価格はガス価格によって決められることになる。したがって、ガス価格が高ければ限界価格も高くなり、石炭、原子力発電事業者は生産者余剰が得られる一方、ガス価格が安いとベースロード電源は固定費を回収できないことになる。

 こうした価格決定方法は、経済学的にいう配分効率(Allocative Efficiency)は得られるが、燃料費が高騰した場合には、原価規制による平均費用に基づく料金よりもかなり高いものとなる。この場合、厚生は最大化できても、便益が消費者ではなく発電事業者により多く配分されることになりかねない制度でもある。また、供給力の確保を価格シグナルだけに委ねると供給力不足になる恐れがある。伝統的な原価規制の下でも、いわゆる供給力の「Boom and Bust(過剰と不足)」のサイクルはあるが、市場に委ねると、この傾向はさらに強まる。自由化市場で、いかに十分な供給力を確保するかについては依然として大きな課題であり、北東部のRTOでは設備市場を開設して試行錯誤している。

 RTO地域の小売料金は以上のような卸電力コストがベースになる。図2は、各州の小売の平均販売単価であるが、北東部のRTO地域やカリフォルニア州の平均単価は、全米の平均以上となっている。現在、小売自由化を実施しているのは18州およびワシントンDCであるが、これらのなかで、北東部諸州は早くから自由化した州である。高コスト州であるがゆえに自由化したわけであるが、皮肉にも、北東部の料金レベルは依然として高い。こうした州ごとの料金格差のパターンは、自由化の動きが活発になる前の1990年代初頭と比較しても変化が見られない。

米国各州の平均小売り単価(2009年)。RTO設立による効果は、小売価格からは読み取れない
米国各州の平均小売り単価(2009年)。RTO設立による効果は、小売価格からは読み取れない

 これまで、RTOに関わる費用便益計算はほとんどなされていないため、純便益がどの程度のものか明らかではない。だが、競争促進の手段としての発送電分離を具現化するために設立されたRTO地域の料金が、設立されていない地域よりも高止まりしていたのでは、その設立意義を問われても仕方ない。市場メカニズムが働けば、電力価格が安いところから高いところに電力供給が流れ価格は平準化するはずであるが、実際には均衡点に向かって収斂するような動きは見られない。RTO設立によって地域ごとの電源の効率的運用が可能になり、その結果、料金の値下げにつながっているわけでもない。これまでのパーフォーマンスを見る限り、RTO設立による発送電分離によって、当初期待していたような確たる成果は見られないのである。

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