「ON」か「OFF」かの日本のリスク論
山口 光恒
東京大学先端科学技術研究センター特任教授
求められる、リスクの総合評価
岡敏弘『環境政策論』(1999年、岩波書店)に興味深い例が出ている。水道の浄水過程で不純物を酸化し水道水を殺菌するため(便益を得るため)に有機塩素化合物が用いられる。しかし、これは発ガン物質である。ガンの防止にはこれを禁止すべきであるが、それにより殺菌効果など別の便益が失われる。最終的に水道水の基準値として、生涯摂取し続けた場合に10万人あたり1人が追加的にガンを発生する濃度が基準値として選定された。すなわち確率論をもとにリスク受容の判断がなされたのである。
原子力でも、原子力による便益とそれによるリスクの総合的な評価が必要である。ただし、自動車や飛行機はリスクと便益が同一人に帰するのに対して、原子力では受益者とリスク被暴露者が一致しないという点がある(交付金等の措置がとられるのは、このためである)。また、たとえ自治体として受け入れに賛同しても、住民の中には反対の人がいることも事実である。さらに原子力の場合には、深刻な事故の発生確率は極めて小さいが、一方で、万一発生した際の損害が甚大で広範囲にわたるという特殊な面がある。とはいえ、これにより原子力発電を直ちにやめるというのは、あまりにも情緒的対応である。
いま、まず必要なことは、今回の事故発生原因の徹底的解明と再発防止策の策定である。次に求められるのは、それでも事故が発生する可能性があり、その事故発生に備えた最悪シナリオの提示である。ここでは、人体への危険度をONかOFFかではなく、確率(たとえば1年間被爆した場合X万人に1人が追加的に死亡する水準)で示すことが求められる。それとともに、原子力発電による便益、それに自然エネルギーなどの代替策とのコストを含む比較検討を示し、国民に冷静な判断を求めることである。政治的判断の前に、このような科学的検討が是非とも必要であると考える。
なお、リスクに関しては前述の岡教授の著作の他、中西準子「環境リスク論」(1995年、岩波書店)が参考になる。