新たに注目のバイオエタノール、日本に輸入して足りるのか


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米国の穀倉地帯イリノイ州に点在するバイオエタノール工場(筆者撮影)

トランプ大統領自ら売り込み

日本とアメリカの両政府は、貿易・関税交渉で7月22日に合意した。アメリカのトランプ大統領は8月1日から日本からの輸入に25%の関税を課すと通知していたが(自動車と部品には既に課税されていた)、これは止められた。しかし合意文書も作られず、曖昧さも多くある。日本の対米貿易黒字は、今後も問題にされそうだ。

そしてホワイトハウスのファクトシートに明示されたように、交渉では米国産のトウモロコシから作られるバイオエタノールの輸入について合意されているようだ。次のように明記されている。日本はトウモロコシ、大豆、肥料、バイオエタノール、持続可能な航空燃料(SAF)を80億ドル(1兆2000億円)購入する。

米国通商代表部(USTR)の2024年外国貿易障壁報告書では、日本におけるバイオエタノール利用の増加を促す意向が示されている。また日本政府も、今年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画で、バイオ燃料の活用を目標に掲げている。資源エネルギー庁は、6月10日に官民協調のバイオエタノール拡大のためのアクションプランを策定した。(エネ庁の解説記事)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/bioethanol_02.html

日本にエタノール製造産業なし

バイオエタノールは、アルコール燃料であり、ガソリンに混合して使える。日本 のそれらの推定市場規模は原油価格が変動するので割り出しづらい。日本のガソリンスタンドの売上総額は、2020年で約5兆3000億円だ。

エタノールは石油燃料で、混合率10%程度(E10と呼ばれる)までなら、既存の車両にも改造なしに、またエンジン出力や故障が増えることなく使えるとされる。米国でもE10が普及の中心だ。これまで日本ではほとんどバイオ燃料が使われていないが、仮にE10が普及しガソリンスタンドの販売の10%をエタノールが占めるようになったら、5000億円以上になる。かなり大きな金額で、そこで米国産が使われたら、トランプ大統領も喜ぶだろう。

もちろん国内産業を潰してアメリカ製エネルギーの支援をするのは愚かなことだ。しかし日本にはエタノールの関連産業がほぼなく、仮に輸入をしても大きな損害を受ける人がいない。かつて北海道のトウモロコシや砂糖大根、沖縄のサトウキビで試験的に生産が行われたが、コストが高すぎて事業者が断念し、国も支援を打ち切っている。ENEOSが古紙からエタノールを作るなどの研究をしているが、まだ商業化されていない。

また日本の石油会社も、これまでシェアが奪われるために、バイオ燃料の普及に消極的だった。しかし自社がその流通や輸入でビジネスに関わり、利益を出した方が良いと判断したためか、容認の姿勢に変わっている。

また専門家によるとエタノールの成分はアルコールなので危険物質ではない。ガソリンの流通インフラが使える。そのためにそれを大量に導入しても、タンク建設などの新しい設備投資がそれほど必要なわけではない。そして値段も安い。脱炭素にも貢献する。使って損になることは、今は見つからない。

課題は「外国から自由に購入できるのか」

それでは日本が大量購入するとして、それが安定的に、将来にわたって適正価格で購入できるのかという点が重要な問題になるだろう。6月にアメリカで関係者を訪問し、調査会社のS&Pグローバルのアナリストを取材することができた。その分析のポイントを示してみよう。

▶︎ エタノールは最もコスト競争力のあるバイオ燃料で、世界で需要が増える。2030年に25年比で13%増加し、160億リットル(L)。供給もそれを満たす。供給国は2030年予想で米国(65億L)、ブラジル(39億L)、インド(14億L)となる。

▶︎ 世界のトウモロコシ生産の1割、米国の3割がバイオエタノールに使われている。インドはエネルギー自給のためにバイオエタノールを生産、使用する政策を行なう。そのため輸出余力が少ない。日本は今後需要を増やせば、米、ブラジルから輸入することになる。

▶︎ 米国の場合、現時点でトランプ政権と各国政府との貿易・関税交渉の先行きが見えず、農家、エタノール製造業者が投資に不安感を持っている。しかしS&Pのアナリストは「柔軟に対応できる力が米国の農家にはある」と言う。米国農家は機械化、新技術を採用し、生産性が高い。そして市況に応じて、飼料用にも、エタノール用にも、生産されたトウモロコシを販売できる。そのために米国産トウモロコシの生産が大幅に減る、供給不足や投機で価格が高騰したり輸出が止まったりする可能性は少ないとS&Pは予想していた。

▶︎ 一方でブラジルも供給余力がある。ブラジル産エタノールの中心はサトウキビで、トウモロコシとは別の値動き、供給状況にある。米国、ブラジルのいずれかの輸入ができなくなっても、残った方から輸入できるために、供給が途絶する可能性は少ない。

▶︎ トウモロコシ需要の伸びは、世界が肉の消費を増やす中で近年増加していたが、ここからは少し鈍化する見通しだ。やや供給過多気味で、生産は減速し、価格も下落の見込みという。

▶︎ 米国は、エタノールの生産に大規模な補助金を支出しなくなった。ただ規制のあったE15以上の混合ガソリンの販売で規制緩和の動きがあり、また航空燃料への使用を支援する政策を行っている。需要喚起策の中で、東アジア、東南アジアへの輸出促進策を政府は行なっている。ブラジルも、輸出や南米でのエタノールの普及に積極的だ。

分散先となる燃料、選ぶかは日本の世論次第

S&Pのアナリストは、「日本、中国を含むアジアは有望な市場と、米、ブラジルの政府、農家、メーカーは注目している。そして米国に供給余力はあり、日本への輸入が途切れる可能性は、考えられない」と述べていた。

「一つのカゴに卵をもるな」という投資格言がある。分散することによってリスクが避けられるという意味だ。ガソリン、軽油とは別の輸送用燃料であるエタノールを考えることはリスク分散の観点から合理的だ。さらにそのエタノールの供給先も、米国とブラジルに分散している。海上輸送距離が長い問題があっても、無資源国の日本にとって、安いエネルギーを安定的に確保することは、切実な問題だ。さらにバイオエタノールは、輸送部門の脱炭素化に貢献するはずだ。

バイオエタノールの供給面では、大きな問題はなさそうだ。政治的な視点だと、日本が使うと日米関係にプラスになる。

ただしガソリンスタンドなどを通じた日本の供給体制の整備状況、また主に使われる自動車向け使用でどのような問題があるか、まだ見通せない。エタノールの使用で、エンジンの劣化、運転の不具合が起きるかどうかを検証する必要がある。大量導入の場合には、既存車でのエンジンの改造、新車ではそれ対応のエンジン車の投入が必要になるかもしれない。

それらの検証を乗り越えれば、バイオエタノールを選ぶかどうかは、日本の消費者の選択ということになる。その混合燃料は、ガソリンより安くなる。私見による予想だが、安さに注目がいけば、これは日本で活用が広がると思う。