原油価格の決まり方と変動要因―高騰と暴落の繰り返し―
橋爪 𠮷博
日本エネルギー経済研究所 石油情報センター
(エネルギーレビュー vol.534 2025年7月号より転載:2025.6.20発刊)
市場連動の原油価格
話の順序が逆転して申し訳ないが、今回は、原油価格の決まり方とその変動要因について説明したい。
現在、わが国の輸入原油の殆どは、サウジアラビア国営石油会社(サウジ・アラムコ)・アブダビ国営石油会社(ADNOC)等の産油国国営石油会社から、期間契約(タームコントラクト、1年以上の契約)に基づいて購入(輸入)している。そのうち、サウジ等多くの国営石油会社の原油販売価格は、世界各地域の指標原油の先あるいはスポット価格に、「調整金」を加減する形で決定されるのが通常である。アジア地域では、ドバイ原油やオマーン原油が指標原油とされることが多い。この価格決定方式を「フォーミュラ価格方式」といい、実際の原油輸入価格は、各地域の指標原油の市場価格に連動する形で決まることになる。なお、アブダビなど一部の国営石油会社では、フォーミュラ方式ではなく、通告価格方式を採用しているが、実際の価格水準はフォーミュラ価格と変わらない。
原油価格は、第一次石油危機以前は国際石油会社が定める公示価格、第一次石油危機以降1980年代半ばまではOPECが決める公式販売価格(OSP)など、固定価格が主流であったが、80年代後半以降は、このように、市場価格に連動している。
指標原油価格
原油は、生産地から消費地までの輸送が必要なため、地域ごとに取引市場が成立しており,現在、北米(ニューヨーク)、欧州(ロンドン)、アジア(シンガポール)が主要な原油取引市場となっている。
指標原油とは、歴史的に、各地域の代表的原油として取引されてきた原油のことである。北米市場ではWTI(West Texas Intermediate、西テキサス中質)原油、欧州市場ではブレント原油、アジア市場ではドバイ原油が指標原油とされている。いずれも、過去においては、取引の中心的油種であったが、最近では、生産量は減少しており、現物ではなく圧倒的に先物取引が中心となっている。また、ドバイ原油は、量的に先物取引の厚みに欠けるため、オマーン原油が価格指標として併用されることが多い
フォーミュラ価格を通じて、現実に取引される原油価格も、事実上、先物価格で決定されている。しかも、量的、時差的に、NYのWTI先物価格に先導される。
原油先物市場は、米英を中心とする経済の新自由主義を背景に、石油危機を契機とするメジャー石油会社(国際石油資本)の原油支配喪失の中で、スポット取引の発生やヘッジ取引の必要など現実の取引ニーズによって、1983年3月にニューヨークのマーカンタイル取引所(NYMEX)、同年11月にロンドンの国際石油取引所(IPE、現IC)が開設された。
先物取引は、大半の取引は約定日に差金決済されるが、制度的には、現物受渡も選択できることで、現物価格と先物価格の牽連性が担保されている。この牽連性を基礎にして、①当業者にとってのリスクヘッジ機能、➁投機家にとっての資産運用機能、③結果としての市場における価格発見機能が成立し、先物価格によって現物の価格が決定されることの合理性が担保される。
~石油価格の変動は需給、地政学、金融要因を反映~
原油価格の変動要因
過去、原油価格は、上昇と下落を繰り返してきた。こうした原油価格の変動要因については、色々な見方があるが、①需給、②地政学、③金融経済という三つの要因から分析する見方が典型的である。石油連盟の記者会見においても、渡文明会長の頃から現在の木藤会長に至るまで、この考え方に基づいて、説明されることが多い。また、原油価格は、単一の要因で変動することもあるが、通常はいくつかの要因が絡み合って変動している。
(1)需給要因
第一の要因として、原油市場における需給要因があげられる。原油も市場商品(Commodity)である以上、基本的に、原油価格は需給状況を反映することになる。すなわち、原油市場においても、需要不足・供給過剰で需給の緩和局面では原油価格は低下し、需要過剰・供給不足で需給のひっ迫局面では上昇するという「市場機能」が成立している。例えば、2000年代には中国をはじめとする新興国の需要急増を反映し原油価格が上昇したが、2010年代半ばにはシェールオイル増産による供給過剰で原油価格は下落した。
ところが、歴史的に、原油の需給はアンバランスになりがちなため、市場において影響力の大きいプレイヤーが中心になって需給調整の役割を担ってきた。例えば、第一次石油危機以前はオイルメジャーが国際カルテルを通じて生産調整を行ったし、需給緩和が進んだ1980年代前半にはサウジアラビアが一国で減産を行い価格を維持した。そして、90年代以降は、OPECが生産カルテルとして、世界需要見通しから非OPEC供給を控除した水準(Call on OPEC)に生産上限を設定して、生産調整を実施してきたが、2017年以降はOPECとロシア等の非加盟産油国10か国(OPECプラス)が同様な協調減産を行い、需給調整・価格維持を図っている。
(2)地政学要因
第二の要因として、供給面で石油資源が地理的に偏在する一方で、需要面で石油製品が国民経済に不可欠な基礎物資であり、国の安全保障に直結する戦略物資であるため、国際政治的な要因として、「地政学要因」が原油価格に大きな影響を与えるものとされている。
例えば、1990年の湾岸危機や2011年の「アラブの春」の時期のように、中東湾岸地域で政治的・軍事的緊張が高まると原油価格は上昇するし、15年のイラン核合意から対イラン経済制裁解除の時期のように緊張が緩和すると原油価格は低下した。
(3)金融・経済要因
第三の要因としての金融・経済要因については、2003年以降、世界的な余剰資金を背景に、原油先物市場が急拡大、金融市場における資金移動が原油価格の形成にも大きな影響を与えるようになった。同時に、原油の「金融商品化」、原油先物市場の「マネーゲーム化」が促進された。
一般に、金融の緩和局面や景気先行きの明るい局面では、リスク資産とされる原油先物への資金流入(Risk on)で原油価格が上昇する一方、金融引き締め局面や景気先行きの暗い局面では、リスク資産とされる原油先物から他の安全資産への乗換え(Risk off)により、原油価格は低下する。また、通常、原油取引は大半がドル決済されているため、ドル高になると、原油先物は他の金融資産に比し割高感が生まれ、原油価格は下がりやすくなるといわれている。
*本文は、エネルギーレビュー2025年7月号掲載文をカラー化して転載したものである