エネルギー環境教育の歩みと展望(その2)


京都教育大学名誉教授

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1990年代~2000年代の日本におけるエネルギー環境教育の動向

1980年代の終盤になると日本の環境教育にも大きな動きが出る。それは、オゾンホールの発見を契機として地球的規模の環境問題が世界的にもクローズアップされたことと深く関わっている。ここで、環境教育の重要性と必要性が再び唱えられるようになる。

 文部省(当時)も1991年に「環境教育指導資料」の中学校・高等学校編、1992年には小学校編、1995年には事例編を作成し、各学校における環境教育の取組を促した。文部省のこの働きかけが学校における実践レベルでの環境教育の普及に大きくつながったことは間違いない。この時期は各地の教育委員会が教員研修のテーマとして環境教育を取り上げたり、各学校においても環境教育を校内研究のテーマとして設定したりしている。

 ただし、このときの「環境教育指導資料」では、環境問題として地球温暖化問題は取り上げられているものの「エネルギー」に関わる問題は扱われていない。ここで取り上げられた問題は、「地球温暖化」「オゾン層の破壊」「熱帯林の減少」「酸性雨(霧)」「海洋汚染」「都市・生活型公害」の六つである。また、このとき学校における環境教育がもっぱら扱った内容は、生物多様性と廃棄物の問題の二つと言ってよかった。

 1990年代の日本における環境教育は、それまでの環境教育が強くもっていた自然保護的な性格を保全的な性格に修正するとともに、「廃棄物」処理といった社会的な視野を取り戻すようになった。しかし、「資源」という概念に留まり、資源の問題=廃棄物の問題といった構図を固定化してしまう。地球温暖化に対応するためには「資源」という概念から「エネルギー」という概念を優先させるような転換が必要だったように思う。

 2000年代に入ると環境教育が「持続可能な開発のための教育」(ESD : Education for Sustainable Development)の一環として捉えられるようになったこともあり、エネルギーの問題にもようやく目が向くようになる。地球温暖化に対応するためにはエネルギーの問題に無頓着ではいられないはずであった。日本では、排出される温室効果ガスの8割以上がエネルギー起源であるからには、地球温暖化問題はそのままエネルギー問題といっても過言ではない。
 さらに、2002年より完全実施となった小中学校の教育課程における「総合的な学習の時間」の新設も学校が環境教育に取り組む契機となった。「総合的な学習の時間」の内容は各学校が設定するためすべての学校で環境教育が行われたわけではないが、学習指導要領において「総合的な学習の時間」に取り上げる課題の一つとして横断的・総合的な課題としての「環境」が例示されたことも大きく影響していると思われる。

 こうした中、2007年に国立政策研究所が作成した「環境教育指導資料」では、「大気」「水や土壌」「自然環境」「化学物質」「物質循環」のそれぞれに関する環境問題及び「資源・エネルギーの開発」の六つを環境教育が扱う問題として取り上げた。前回の指導資料では取り上げていなかったエネルギーの問題が前面に出て来たことが分かる。
 また、その翌年には、中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要領の改善について」で、環境教育に関する改善事項として、エネルギー・環境問題を取り上げて次のように指摘された。

 「エネルギー・環境問題は、人類の将来の生存と繁栄にとってはもちろんのこと、資源の乏しい我が国にとって重要な課題である。21世紀に生きる子どもたちに環境や自然と人間とのかかわり、環境問題と社会経済システムの在り方や生活様式とのかかわりなどについて理解を深めさせ、環境の保全やよりよい環境の創造のために主体的に行動する実践的な態度や資質、能力を育成することが求められている。また、エネルギー・環境問題は、その原因においても、また、その解決のためにも、科学技術と深くかかわっており、その意味で、科学的なものの見方や考え方をもたなければならないことを学ぶことは重要である。」

 この答申にもとづく学習指導要領では、持続可能な社会の実現の観点から各教科でエネルギー問題に関わる内容が取り上げられ、2011年度の完全実施によるエネルギー環境教育の進展が期待された。しかし、2011年3月の東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の大事故により状況は大きく変化する。エネルギー問題への注目は大きくなったものの、国のエネルギー政策の大幅な見直しや原子力発電や放射線の扱いの難しさなどもあって、学校でのエネルギー環境教育は足踏み状態となる。
 2000年代は、エネルギー環境教育に対してこうした教育行政からの働きかけがあった一方で、エネルギー政策の一環としての教育支援が始まった時期でもある。この教育支援がエネルギー環境教育の進展に大きく貢献したことを次に見ていきたい。